10-6 宇宙の闇へ

     ◆


 休暇が終わり、宇宙ドッグのフラニーに全ての乗組員が戻ってきた。

 ハンターは艦長として、全乗組員を前に短いスピーチをして、乗組員は待機体制に入った。

 管理官を集めて、ハンターはチューリングの現状を報告した。

 細部でバージョンアップされ、フレームが強化され、装甲も新しいものに変えられた。推進装置はアップデートがあったが、残滓回収型エンジンの細部に手が入っただけだ。

 一番の変化はミューターが搭載されたことである。

「空間ソナーに映らない、ねぇ」

 カード軍曹が呟く。ザックス軍曹が挙手をして発言。

「すでに試験は終わってるんですか?」

「そういうことだ。チューリングはより一層、隠れるのが上手くなった」

 打撃力を上げて欲しいですよ、とザックス軍曹がブツブツと応じた。

 すでにチューリングは万全に組み上がっており、いつでも宇宙へ出られることも、ハンターは彼らに伝えた。

「新しい任務はまだ不明だが、危険であることは、前と変わらないだろう」

 その一言で、さすがにその場の全員が表情を引き締めた。

「軍隊は情け容赦ないし、遠慮なんてしてくれないということを、私もよくよく思い知ったよ。しかしまぁ、これでも我々は軍人だ。上からの指示に従うのも仕事の内、命をかけるのも仕事の内だ」

 それぞれの仕草で、全員が頷き、ユキムラ曹長もカプセルをわずかに上下させた。

「では諸君、次なる戦いに備えて、準備を始めてくれ」

 ハンターが立ち上がると全員が起立し、敬礼する。

 部屋を出て、背後についてくるレイナ大尉に、思わずぼやいていた。

「あんな訓示をするとは、私も艦長が板についてきたようだ」

「尊敬しています。他の乗組員もです」

 そんなものかな、と呟いて、首をかしげるハンターである。できれば笑い飛ばして欲しかったが、レイナ大尉はこういう時に、真面目さを捨てきれないところがある。それはそれで可愛らしくはあるが。

 チューリングが整備士や技術者の手を離れ、乗組員の手で仕上げられていくのを、発令所でハンターは確認していた。管理官たちも部下に細かく指示を出し、生き生きして見えた。

 士気は高い。艦も問題ない。文句は一つもないな、とハンターは心の中で頷いた。

 二日の待機の後、管理艦隊司令部から任務が告げられた。管理官がいる場所で、エイプリル中将から直接の通達だった。

「ノイマンは知っているな? ハンター艦長」

「ええ、よく知っています」

「ノイマンを一度、補給に戻す。任務を引き継ぎ、敵性組織の本隊を探り出せ」

 その言葉と同時に、発令所に浮かび上がった立体映像の星海図の上で、一つの青い点が表示される。

「この座標で落ち合うように。ノイマンに搭載のサイクロプスは全て、チューリングの索敵管理官が引き継ぐことになる」

 了解です、と答えると、エイプリル中将はさらにいくつかの情報を伝えてから、命令書が一時間後に届くだろうが、すぐに発進できるように待機せよ、と言葉を結び、通信が切れた。

 一時間後には確かに命令書が届き、ハンターがそれに目を通している時間は、乗組員たちにはただ待ち焦がれて、焦れるようなものだった。

「行くとしよう」

 そのハンターの一言が任務の開始を意味していた。

 宇宙ドッグのフラニーからチューリングが離脱し、宇宙へと進んでいく。準光速航行が始まり、艦の状態を管理官たちが確認し、問題がないとわかると、短い休息をハンターは指示した。

 ハンター自身も休憩をとり、発令所に戻り、そこで過ごしているうちに、決められた時刻が迫ってきた。管理官たちも戻ってきて、部下と交代し端末の前を占める。

「離脱まで三分です」

 ロイド中尉の宣言に、カード軍曹が返事をして、操舵装置の位置を調整している。

「ユキムラ曹長、ミューターの様子は?」

 ハンターが問いかけると、明瞭な返答があった。

「シミュレーションでも、チューリングの実機でも現時点では無事に作動しています。おそらく、問題ありません」

「いいだろう。今度は離脱と同時に狙われないといいな」

 前回の航海での、準光速航行からの離脱時を狙われたのは、敵にスパイから情報が漏れていたせいだ。

 ただ、そういう連邦宇宙軍による策謀だったのは、すでにハンターも承知しており、敵艦がぶつかってきたのは、敵の都合、敵のアドリブのようだった。

 さすがに同じ事態がまた起こることはないだろうが、気がかりではある。

「離脱まで、五秒」ロイド中尉の声。「四、三、二、一、今です」

 カード軍曹がレバーを倒し、わずかな慣性の後、メインスクリーンには通常航行に戻った表示が浮かび上がる。カード軍曹が艦をゆっくりと進ませ、回頭し、周囲を確認している。

 ユキムラ曹長から報告。

「ミューター、正常に機能しています。周囲に感はありません」

 そう言い終わった途端、ユキムラ曹長が更に言葉を続ける。やや緊張しているのがわかった。

「通信が入っています。極指向性通信です。ノイマンを名乗っています。音声のみです」

「繋いでくれ」

 ハンターの指示に、通信が繋がり、発令所に流麗な声が流れる。澄んだ女性の声だった。

「こちらノイマンです。チューリングですね?」

「そうだ。ノイマン、貴艦はどこにいる?」

「すぐそばです」少しだけ女性の声に笑いの響きがある。「サイクロプスをそちらへ引き継ぎます」

 指示を受けたユキムラ曹長が返答し、即座にサイクロプスの移譲が問題なく完了したと報告する。

「では、後を任せます。無事を祈ります。以上」

 通信が切れる。結局、相手は名乗ることもなく、ノイマンがどこにいるかも、明かさなかった。徹底しているのだ。しかし腕はありそうだな、とハンターは内心で考えていた。

 カード軍曹とザックス軍曹が小声でやりとりしている。

「無礼じゃないか、今のは」

「隠れるのが好きな臆病者さ。まぁ、俺たちもそうだがね」

「カード軍曹、ザックス軍曹、あまり自分たちを卑下するな」

 ハンターは口を挟み、振り返る二人に笑みを見せる。

「任務を果たすとしよう。諸君、冒険はこれからだぞ」

 めいめいに返事があり、ハンターは艦長席のシートに体を預けた。

 果てしない宇宙の中に消えるのがチューリングだとして、そのままになる可能性もあるだろう。

 今はただ、また世界の表舞台に戻れることを願い、息を潜める時だ。

 また戻れるだろう。戻れると信じるとしよう。

 ハンターは指示を出し、チューリングは完全に姿を消すと、そのまま宇宙に溶け込んでいった。



(第十話 了)

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