10-4 ノイズ
◆
ハンターの日々は宇宙基地オスロに割り当てられた部屋で報告書を書き、一日に複数の会議に出席することの連続になった。
会議にはレイナ大尉が同席することが何回かあり、つまり会議とはチューリングの任務の内容が、正当なものであったかどうか、というのが議論の対象だった。
不自然なことながら、こうしてハンターや他の乗組員が無事に帰投したわけで、索敵も戦闘も、何にも問題はないはずだった。しかし上層部は、より効率的に結果を求めているようで、会議の席上では激しい議論があった。
と言っても、議論の主力になるのはレイナ大尉で、ハンターはそれほど発言しない。するとすれば、「報告書の通りです」程度である。
オスロに戻ってから、ハンターはどこか体に違和感を感じ、報告書と会議が一週間ほど続いた時、医療部門を訪れ、診察を受けた。どこかくたびれた印象の軍医は素早くハンターの体を検査し、そっけなく診断結果を告げた。
「疲労ですな。少し休むのをお勧めします」
軍医は診断書を書いてくれた。ハンターは少し心が楽になるのを感じつつ、診断書を司令部に提出し、三週間の休暇を手にした。
最初の五日間は私室でゴロゴロと過ごし、少しだけ鬱屈したものが消えた気持ちになったのを実感したので、こっそりと行動を開始した。
シャトルで宇宙ドッグのフラニーに向かい、すぐにチューリングの元へ足を向けた。
大勢の技術者がチューリングの装甲を外し、フレームさえも取り替えている。あそこは敵艦に破られた部分だな、とすぐにハンターは見当をつけた。フレームは宇宙空間で補修し、あれ以降の航行ではメインスクリーンに常に警告の表示が出ていたものだ。
それでも無事に済んだのだから、乗組員の技量は評価に値する。
顔見知りの機関部員に話しかけられ、立ち話をしていると、その兵長が声を少しだけ潜めた。
「ユキムラ曹長が発令所にいるんですが、今、ちょっとお客さんがいまして」
「ユキムラ曹長が? 客とは誰だ?」
「その、レイナ大尉です」
妙な気持ちになりつつ、ハンターは無意識に顎を撫でた。あの二人が特別な関係ということを、兵長は匂わせているようだ。そういうところに割って入るのは気が引けるが、ハンターも発令所に用があった。
「兵長、私が来たことを伝えてやれ」
「は、はい」
兵長が端末を取り出すのをよそに、ハンターは通路を渡り、チューリングに乗り込んだ。内装も整備されていて、大勢の整備員が働いている。ハンターの顔を知らないものが大半だが、そこは技術者の気概の持ち主である、階級に必要以上にへりくだったりしない。ハンターも敬礼すらしなかった。
発令所に入ると、メインスクリーンが光っており、それを正面において、レイナ大尉が立っていた。ハンターの気配に気づき、彼女が振り向き、どこかぎこちない笑みを見せた。
「体調は回復しましたか、大佐」
「きみこそ、こんなところにいる暇があるのか?」
「すでに報告書は受理されて、あとは問答だけです。そしてその問答には大佐が必要です。大佐が休めば、私も休みですよ」
おかしな仕組みだが、聞き取りをする方も、二人の人間から同時に話を聞きたいのかもしれない。
ハンターはメインスクリーンを見やる。どこかの宇宙空間だが、漆黒になったり、薄い青の粒子が一面に広がったりする。
「勝手なことをしてすみません」
電子音声が聞こえ、ハンターはそちらを見た。ユキムラ曹長は索敵管理官の端末の前にいる。機械の四肢は動きを止め、カメラだけがハンターを振り返っていた。
「これは何の光景かな? 曹長」
「ええ、三隻の小型船に襲撃された時の、空間ソナーの反応を可視化しています」
チカチカと像が切り変わり、瞬く。ユキムラ曹長が、「ここです」と一部を拡大する。
青い粒子の群れの中に、瞬間だけ乱れがあるが、すぐに消える。
「説明してくれ、曹長」
正直、ハンターには何もわからなかった。ゆっくりとユキムラ曹長が話し始める。
「この場面は、チューリングが装甲をスパークモードにした時の一コマで、時間としてはほんの半秒もありません。スローモーションでこの乱れです」
「何の乱れだ?」
「それが、よくわからないんです。空間ソナーでは、そこには何もないんです。カメラで撮影しても、何も映りません。それで、この直後にスパークモードの影響で敵艦が露見するわけですが、やはりその時も当該座標には何もないように見える」
「乱れはある、しかしほんの短い時間、か……」
顎を撫でながら、ハンターは確信を持ち、しかしレイナ大尉にもユキムラ曹長にもまだそれを口にするわけにはいかなかった。
ユキムラ曹長が乱れを感じているところにいるのは、おそらくノイマンだろう。シャドーモード、スネーク航行、そしてミューター。この三つの併用で、ノイマンはほとんど完全に姿を消しているとしか思えない。
意外にそばにいたのだ。そうなると、もしもの時はチューリングを助けた可能性もある。
それでも最後の最後、本当の危険が発生した時だろうが。
「二人とも、休暇は短いぞ」
ハンターは答えを口にせず、二人に声をかけた。
「今のうちに休んでおいたほうがいい。この老人のように、軍医の世話にならないようにな」
くすくすとユキムラ曹長が声だけで笑い、レイナ大尉は顔をしかめている。
それからハンターは船の様子を徹底的に確認し、改修の進捗も把握した。まだミューターは搭載されていない。
一度、外へ出て、チューリングの外観を見るが、いつかのように巨大な生物の骨格のように見えた。
こうしてチューリングを前にすると、自分が感じている不安が消えそうになるのは、ハンターには不思議だった。
この艦が沈むことなどない、と確信のようなものが湧く。
過信は禁物だ。
ハンターは今は動けないチューリングに背を向けた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます