10-3 事実

     ◆


 ハンターの思考がめまぐるしく回転し始め、連邦宇宙軍への評価が書き換わり、また書き換わり、また書き換わった。

「ミリオン級を」

 思わずハンターは呻くしかない。

「敵は詳細に把握しているのですか?」

「チューリングの実力の半分ほどは知っていただろう」

 どこかざらつくエイプリル中将のその声質は、スピーカーや通信のせいではなく、生来のものだろう。しかしそれは今、ハンターには不快でならなかった。耳障りと言ってもいい。

「では、その、チューリングが撃破されることは、司令部の総意だったのか」

 もう口調を気にすることもできず、ハンターは額を押さえた。

 しかし彼を救うように、エイプリル中将はその発言を否定した。

「撃破されるのは前提ではない。言っただろう、君たちは囮りだ。敵を引きつけ、視界を狭める必要があった。大佐、姿の見えない相手がすぐそばにいる不快感を、君は感じたはずだ。どうかな」

 それはもう、と思わず口走り、それから先が言葉にならないのは、急速にハンターの中で状況が新しく整理され始めたからでもある。

 チューリングが敵に奇襲された時はともかく、姿の見えない三隻の小型船による攻撃を受けた時、チューリングは敵を暴き出すのに必死になった。しかしそれは別の一部では、敵も同じ状況だったのか。

 チューリングの隠蔽能力と、残滓を残さない推進能力を前に、敵も必死にチューリングを探したし、事実としてはチューリングが彼らを発見するより先にチューリングを捕捉し、戦いにおける先制攻撃の権利を得た。

 そう、敵は必死にチューリングを探したはずだ。

 スパイが流した、情報を元に。

 だがあの時の敵は、チューリングだけを見ていた。すぐそばを、連邦宇宙軍の船がいたとしても、認識できなかった。

 認識できないように、隠れていた。

 そうなると問題になるのは、連邦宇宙軍のどのような艦船が、それほどの能力を持つのか、だった。

 ハンターはその艦を二つ知っている。

 一つは、チャンドラセカル。

 もう一つは、ノイマンだ。

 ならば答えは出ている。

「ノイマンが本命だったのか」

 思わず脱力し、背もたれに体重を預け、ハンターは天を仰いでいた。

 ノイマンはおそらく、ミューターを搭載している。つまりチューリングどころか、敵性組織の艦船よりも、徹底的に自身の存在を消せるのだ。チューリングでも、ユキムラ曹長でも発見できない、完璧な隠蔽能力。

「作戦の詳細はいずれわかるだろうが」特に満足しているようでもなく、エイプリル中将が発言する。「少なくとも、ノイマンは今も任務の最中だ。そして君たちにも新しい任務が与えられる」

 もう囮は嫌ですね、とでも言い返したかったが、ハンターはまだ気力も体力も回復せず、姿勢を変えることもできず、背もたれに体を預け、今はうなだれている。

「ハンター大佐」

 すぐ目の前のクラウン准将が鋭い声をかけてくる。

「チューリングの改修が終わる予定は二ヶ月後だ。損傷部分の補修と同時に、新装備を搭載する。その一つがミューターだ」

 のろのろと顔を上げ、ハンターはまじまじと目の前の准将を見た。生き生きとした表情が、ハンターには不快で、何も返事をしなかった。

 沈黙の後、エイプリル中将がはっきりと告げた。

「一部、秘密を明かせば、ノイマンのミューターは試作機だ。そしてチューリングに搭載されるミューターは君たちが確保した敵性組織が改良したミューターの技術を流用してある。より使いやすく、汎用性が上がっているはずだ」

「そいつはどうも」

 まだ衝撃が去らないまま、ハンターはどうにか返事をし、しかし彼の姿は軍人というよりは、どこかの川岸で釣り糸を垂れている老人に見えた。しかも釣った魚を鳥に奪われた後のような、ある種の笑いを誘い、ある種の哀れさを伴う姿である。

 管理艦隊の将官たちは短く視線を行き来させたが、ハンターはそれを見ず、机を眺め、また任務があるのだと、それだけに思いを馳せていた。

 軍人になった時から、戦死する可能性は覚悟していた。非常に少ない可能性ながら、例えば訓練中の事故とか、海賊との戦いでとか、パターンは幾つかあった。

 だがその中には、味方にいいように操られて、踏み外せば奈落へ落ちる一本の綱の上を、目隠しして渡るような、そんな可能性はなかった。

 その上、ハンターは全乗組員の指揮をする立場で、百人を超える数の人命が、彼の判断によって生き延びるか、もしくは永遠に失われるのだ。

「大佐、きみへの期待を理解してくれることを望む」

「どうして私なんです?」

 やっとハンターは顔をあげることでき、視線は寄り道せずに司令官であるエイプリル中将に向いた。二人はほとんど無表情で三秒ほど、視線を向け合い、黙っていた。

「きみには、粘り強さがある。私個人はそう思っているよ。最後まで諦めない。最善を尽くす。それが指揮官には必要な要素だ。実際にきみは、チューリングをここまで連れてきた。乗組員もだ」

「都合のいい話ですな」

 顎のヒゲを撫でながら、ハンターはぼそぼそと応じた。

「無謀な作戦を乗り切って、粘り強いも何もないと思いますが。今度はまともな作戦を与えてほしいものです」

 そう答えた時には、ハンターの精神は折れかかった支柱の修理が終わり、いつもの彼が戻ってきた。反骨精神という支柱を新たに立てて、より自分を強化しさえした。別のどこかで、いくつかの支柱がぐらついてはいたが。

「とにかくは休息を与える。報告書を作り、チューリングの面倒を見ろ、大佐。まだ戦いは終わってはいない」

 戦いは終わっていない。

 終わることはないだろうさ、とハンターは心の中で呟いた。

 人間はきっと、生まれてこのかた、争いを放棄したことはないのだから。



(続く)

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