10-2 狂言

     ◆


 オスロの会議室に入ると、一人だけでクラウン少将が待ち構えていた。敬礼をすると、敬礼が返ってくる。さすがに高級軍人ではある。

 座りたまえと言われてハンターが席に着いた途端、部屋の明かりが薄暗くなり、立体映像で四人のやはり高級軍人が現れた。

 リン少将、ポートマン准将、キッシンジャー准将。

 そして、管理艦隊司令官のエイプリル中将。

 みなさん、お揃いで、とでも言いたかったが、これから先のことを考えると気力も体力も温存するべきだと判断し、ハンターは敬礼に留めた。

「ご苦労だった、大佐。チューリングを無事にここまで連れ帰ってくれて助かったよ」

 エイプリル中将の錆び付いているようなザラザラした声は、スピーカーが完璧に再現していた。

「無事ではないですね。損傷があります。早く宇宙ドッグを手配してもらいたいですな」

「報告書をまだ読んでいないが、通信の傍受が怖かったのか?」

「敵がすぐそばにいるかも知れない状況でした」

 この発言は、もっと大きな震動を会議室に与えるはずだったが、ハンターの想定よりもはるかに冷静に、五人の将官は受け止めていた。

「敵が姿を隠すことをご存知でしたか? 閣下」

 さすがに自分を抑えきれなくなり、ハンターは勢い込んで発言した。

「空間ソナーが通じず、実像を隠蔽する能力がある敵を、最初から想定していたのですか?」

「我々にも遠くのものを見る目と、遠くの音を聞く耳がある」

 そう答えたのはキッシンジャー准将で、ハンターはそれを素早く吟味した。

 つまりスパイが、敵組織に紛れ込んでいるのか。ハンターやチューリングが相対することになる敵の性能は、司令部では予想されていたのだ。

「捨て駒にするつもりはなかった。しかし他に妥当な罠もなかった」

 ギシギシと乾いた声でエイプリル中将が発言するが、それは言い訳でも弁解でもなく、ただ事実を告げているだけという、まさしく無味乾燥な言葉だった。

 さすがのハンターも手が震え、意識的に呼吸を深くする。

「ミリオン級が敵の手に渡っても良かったと?」

「自爆することも想定していた」

「百人以上に死ねとおっしゃる!」

 椅子を蹴倒して立ち上がるハンターを、四つの立体映像と、一つの実際の人間の視線が串刺しにするが、ハンターはそれにまったく動じなかった。

「あなたたちには現場のことがわからないのか! 命を、全てをかけて我々はあなたたちの願望を形にしているなど、滑稽だ。どういう演劇ですか、それは。お遊戯会じゃないんだぞ!」

「言葉が過ぎるぞ、大佐」

 そっと実際の声、クラウン准将の声が会議室にはっきりと響くが、ハンターはまだ座ることもできず、全員を順繰りに睨みつけ、最後にはエイプリル中将をほとんど殺意をこもった視線で射抜いた。

 それでもここにいる誰一人として、動揺も困惑も狼狽もせず、平然としていた。

 人の命を軽視する、ど阿呆の顔だ、とハンターは内心で嘆き、諦めた。

 自分は現場の人間で、こいつらは遠いところから戦況とか呼ばれる図上のことに気を使う立場なのだ。

「座りなさい、大佐」

 そうクラウン准将に促され、ハンターは無言で頭を下げ、倒れている椅子を起こした。意図的に激しく軋ませて着席。

「敵性組織は思ったよりも高い技術力を持っている」

 脈絡もなくエイプリル中将がそう発言したのに、ハンターは顔を上げ、まっすぐに彼の立体映像を見た。

「連邦宇宙軍にとっては由々しき事態ではある。敵性組織は掌握されていない宇宙空間を自由に行き来し、経済活動を行い、軍備を拡張している。ほとんど国家と言ってもいいだろう」

「そいつは困りましたな」

 ハンターの投げやりな言葉はあまり効果がなく、その効果のなさがハンターを思い切らせた。

「戦争でも始めますか? まぁ、敵がどこにいるかわからないのでは、戦いようがありませんがね。また美味そうな餌をぶら下げて、誘き寄せるとか?」

「既に我々、地球連邦の中の一部は、二つの意味で彼らに非常に接近している」

 管理艦隊司令官の言葉の意味がわからなかった。ハンターが困惑する番になり、接近という言葉の意味するところ、その重大さに遅れて気づいた。それはつまり、連邦から敵に寝返るものがいるということか。

 では、もう一つの接近という表現の意味は?

「連邦宇宙軍管理艦隊としては」

 エイプリル中将が発言。

「テロリストと内通するものを処断する必要があってね、それは進んでいる。漏洩した技術がいくつかあるが、時間さえあれば対策を講じることができる。人的にも、研究のレベルでも、敵性組織と比べれば地球連邦は圧倒しているのだから」

 ミューターのことをハンターは思った。

 あれは連邦宇宙軍から漏洩したのか。しかし素人が理解できる仕組みではない。ハンターですらわからないのだ。それを使いこなし、かつ小型化する能力が敵性組織にはあり、それがつまりスパイによるもの、なのか? 二重スパイということか。

「こちらが相手を知るために近づいているのとは違う、もう一つの接近を教えていただきたいですな」

 ハンターがどうにかこうにか、平静を取り戻して質問すると、立体映像のエイプリル中将は声だけで笑ったようだった。表情は不自然なほど、変わらなかった。

「我々の艦が、たった今も敵性組織の艦隊を追尾している。泳がせているのだ」

 ハンターの脳裏で思考が渦巻き、激しい波が起こった。

 追尾している? どうやって?

「我々もミューターを運用しているのだ、大佐。そして、ミリオン級について、彼らはおおよそを把握している」

 いきなりのエイプリル中将の言葉に、ハンターは久しぶりに強烈な衝撃、前触れもなく張り倒されるような衝撃を感じた。



(続く)

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