第10話 宇宙の闇へ

10-1 解釈できない真相

     ◆


 ハンターは艦長室で書類を作っていた。

 端末のキーボードを打ちながら、敵性組織の小型船で見たものを思い出し、誰もいないのをいいことに、短く舌打ちする。

 同行した機関部員にはあれが何かわからなかっただろうが、ハンターにはわかっていた。試作機を一年ほど前にたまたま見たのだ。

 あれはチューリングに搭載する新型の推進装置やその他の装備を確認した時だった。レイナ大尉は席を外していた。

 連邦宇宙軍の工廠衛星の中で、見知らぬ巨大な装置を見かけ、技術者に問いかけたわけだが、その時はハンター自身も、質問された技術者も未来のことを予想してはいない。

「こいつはミューターと呼ばれてますね」

 何気ない様子で技術者はそういうと、その分野には素人でもあるハンターにわかりやすく、概要を教えてくれた。

 その装置は空間ソナーの索敵を無効化する装置で、チューリングなどのミリオン級の性能変化装甲と合わせれば本当に姿を消せますよ、と技術者は請け負った。

「まだ開発段階で、大きすぎて不便ですけど」

 きっちりとオチをつけて、技術者はハンターをそこから遠ざけた。

 あの戦いの時、ユキムラ曹長の繊細にして広大な空間ソナーの索敵範囲から、敵艦が消えたままでいるのを見た時、ハンターの脳裏にはミューターのことがあり、対策を教えてもらうべきだった、と後悔したものだ。

 結局は、性能変化装甲の無駄としか思えないスパークモードが、即席のサーチウェーブとなり、敵艦を発見できたのは僥倖だった。

 椅子の背もたれに体を預け、ハンターは天井を見上げた。定位置にある明かりから降り注ぐ光の中で、考えるべきことは多すぎるほどにある。

 敵性組織が、連邦宇宙軍と同等か、それ以上の技術力を持っていること。

 そしてチューリングの任務は、ただの撒き餌だったこと。

 任務に関しては、宇宙基地αが逃走したこと、姿を消したことで、続行不可能であり、その旨を司令部に打診したところ、あっさりと帰投命令が出た。ハンターが強引に問いを重ねると、通信装置の向こうで管理艦隊司令部の参謀であるポートマン准将がうんざりしたように答えた。

「きみはどういう返事を期待しているのだね、大佐。任務は終わったんだ。すでに別の部隊が動いている」

「我々の役目はなんだったのですか?」

「餌だよ。もしくは、人目をひく見世物だ」

 さすがのハンターもこめかみの辺りが脈動するが、どうにか怒りを鎮め、しかし嫌がらせの必要は十分だったので、もう一つだけ、問いを放り込んだ。

「乗組員、直属の管理官には今の話をしてよろしいですか?」

「好きにしろ、大佐。どうせ真実を知ることはない」

 通信が切れて、自室へ戻ってから、長い時間を考えた末に、彼は大雑把に管理官たちには「自分たちが囮だった」ということは告げた。それがせめてもの誠意のはずだし、彼らこそ命をかけていたのだ、誰がどう言おうと真実を知る必要があるはずだった。

 当然、断片的な情報で全てを把握できるものなどいないし、それ以前にハンター自身がまだ答えを知らないのだが。

 いったい、本命の部隊とはなんだったのだろう。

 報告書を書く作業を再開し、それほど捗らないまま、そのうちに横になろうと決めていた時間を告げるアラームが鳴った。それを止めると、彼は端末をスリープモードにして、部屋の壁に収納されているベッドを引き出し、軍服のまま横になった。

 明かりを薄暗くして、じっと天井を睨む。

 軍というものが不条理がまかり通り、非道、非情は当たり前だと、長い軍隊生活で身にしみていた。それなのに大勢の部下を持つと、どうにかして部下を守りたくなってしまうようだ。

 機関管理官として機関部員を統率していた時とは、全く別種の感情にも思えた。

 生きているのだから、良しとしなくては。

 ハンターはそう考え、それが司令部の采配の結果なのか、自分たちの努力なのか、ただの幸運か、考え続けた。もし幸運だとしたら、司令部と自分を恨む必要があるな、などと考えているうちに、眠りがやってきた。

 単調な日々が続き、作戦宙域を離脱してから半月ほどで宇宙基地オスロの至近へと戻ることができた。

 発令所には全ての管理官が揃い、メインスクリーンに映るオスロを見ている。

「なんともまぁ、お早いお帰りだこと」

 カード軍曹が呟く。

「この艦は遅刻と早退が当たり前だからな」

 ザックス軍曹のジョークはある意味、正しいように感じるハンターだが、笑うには少し疲れていた。苛立ちもしないが、あえて言葉を重ねなかった。

 通信が入り、宇宙基地オスロの管理官からだった。係留するポートが指示され、カード軍曹が返事をして艦を滑らせていく。

「敵はいないな? ユキムラ曹長」

 ハンターが我知らず質問すると、ピリッと発令所に緊張が走り、ハンター自身はわずかに遅れて、集中した。本能的な問いかけだったのだ。

「空間ソナーには異常はありません。千里眼システムで四つの目をリンクしていますが、異常はないように思えます」

 どうやら自分も見えない敵という存在に、強い負荷を感じているらしい。ハンターは自己反省して、しかしおくびにも出さずに、「警戒を密にしてくれ」とだけ命令した。

 そのまま何事もなく、チューリングは指示されたポートに接舷し、係留装置が艦を固定する。補給用のパイプが伸びてきて、ロイド中尉が忙しそうに補給のための手続きをしている。

 そこへ通信が入る。画面に映っている人物は、司令部にいるはずのクラウン少将だった。彼がメインスクリーンに映った時、発令所の面々はバラバラながら、とりあえずは敬礼をして見せた。クラウン少将も敬礼をして、わずかに表情を緩める。

「ハンター大佐、ご苦労だった。いますぐオスロの第一会議室へ来てくれ」

 了解です、と応じてから、

「副長も連れて行っていいですかな?」

 と確認するが返答は、一人で来るように、というものだった。通信は一方的に切れた。

 不安げに自分を見るレイナ大尉の肩を叩き、ハンターは発令所を後にした。



(続く)

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