9-4 極秘技術

     ◆


 食事の間にザックスとカード軍曹は報告書の内容について議論しており、それは単純化すれば、ザックスの射撃の腕前と、カード軍曹の操艦のどちらが優れていたか、という内容だった。

 食堂へユキムラ曹長のカプセルがやってきて、一時休戦という形になった。二人のすぐそばで、最低限の音量でユキムラ曹長が話し始めたからだ。

「敵船に妙な装備があったそうですよ」

 いきなりそう言われて、カード軍曹が早速、遮った。

「待て待て、敵船に乗り込んだのか? 誰が?」

「艦長と機関部員です。海兵隊も一緒でしたが」

「そいつはまた、大冒険だな。実際のこの目で見たかったよ」

 カード軍曹が本気で悔しそうに言う前で、ザックスは話を先へ進めさせた。

「妙な装備ってのはなんだ?」

「プログラムは全て消えていたそうですが、部品の様子からすると、空間ソナーに近い装置らしいです」

「乗組員を尋問すればすぐわかるさ」

 カード軍曹が割り込むのに、やや深刻な雰囲気でユキムラ曹長が真実を口にした。

「船内で小規模な電磁爆弾が炸裂して、乗組員に生存者はいません」

 危うくザックスは手に持っていたフォークを取り落としかけた。カード軍曹もあんぐりと口を開けている。その顔を見ているザックスに気づき、わざとらしい咳払いでごまかしているが、そのカード軍曹も、そしてザックスも、事実を受け入れるのに相当な努力が必要だった。

 プログラムが消えているというのは、電磁波で装置を機能させる電子部品が破損しているという意味なのだ。

 しかし形だけでも確保できたのは大きいだろう。

 とりあえず、ザックスは悲惨な死に方をした乗組員たちのことを脇に置くことに成功した。

「どういう装置なんだ?」

「うーん、なんて表現したらいいか」

 ユキムラ曹長もまだ把握しきれていないようだが、それは既存の言葉が当てはまらないということらしい。

「空間ソナーを無効化する空間ソナーなんでしょう」

「空間ソナーを無効化する……?」

「そうです。サーチウェーブを打っても発見できなかったのは、それが理由だと推測できます」

 詳しく頼むよ、とカード軍曹がつぶやき、素人にもわかるように、と付け加える。

「サーチウェーブはそもそもが波なんです。その波に、同じ強さの、同じ波長の波をぶつければ、波が消えるのが道理です。実際の空間ソナーはサーチウェーブのような能動的探知ではなく、受動的に全ての波を受け取り、解釈し、周囲の状況を割り出します。では、全ての波を勘案して、自分がいない時の波を意図的に作り出せたらどうか、という理屈です」

 わからんよ、と呟きつつ、カード軍曹が保存食の中でも人気の高いミートパイもどきを切り分けていく。

「聞いた感じだと、その、自分がいない時の波、っていうのは単純じゃないだろう。空間ソナーが感知する、広範囲で、かつ立体的な把握能力のすべてに干渉するなんて、夢物語だよ」

 カード軍曹のまっとうな意見に、その通りです、とユキムラ曹長もある程度の同意を示した。

「ものすごい技術力です。連邦宇宙軍でも、きっと開発は進んでいると思いますが、ハンター大佐はご存知じゃなかった。大佐は機関士だったと聞いていますが、それでもだいぶ色々な技術や情報に通じている方です。だから、開発は極秘の中の極秘、それこそミリオン級以上の秘密なんだと思います」

「そんな秘密があるかね」

「そうじゃないと、説明できませんよ」

 ザックスはずっと口を閉じていたが、ありそうなことだ、と頭の中では飲み込めつつあった。

 宇宙空間における索敵は、最初期こそ原始的なレーダーや目視がものを言ったが、すでに空間ソナーにその支配者の座を奪われ、今では空間ソナー以外を使うものは少ない。ザックスも空間ソナーを頼りに射撃や砲撃を行う経験の方がはるかに多かった。

 それが、空間ソナーを無力化できれば、ほとんど姿を消せる。

 そこに艦船がある限り、実像があるが、その問題の解決方法はミリオン級が一つの正解を出してしまった。

 つまり、性能変化装甲のシャドーモードだ。

 空間ソナーを騙し、目視でも姿を消せれば、まさしく神出鬼没の、姿も気配もない艦船が誕生する。

 それは実際には重要で重大な脅威であり、その上、その技術を運用しているのは連邦宇宙軍ではなく、敵性組織なのだ。

 名前は、宇宙改革派というそうだが、その集団だけとは限らないし、いつかの会議でハンター大佐が言った通り、背後関係を探り始めれば、どんな大物が潜んでいるか、知れたものじゃない。

 実はチューリングは味方か敵かしかいない戦場に立っているのではなく、敵か味方か分からないものが背後にいるような、不自然な場所、危険しかない場所に立っているのかもしれなかった。

 あるいはハンター大佐はその気配に気づき、ごく限られたものだけで、小型船を探索した可能性もある。もちろん、それは裏側の事情を知りたいのではなく、チューリングの実際に直面する危険を可能な限り減らそうとする努力が本筋である。

「老獪なことだ」

 思わず呟くと、カード軍曹がチラッとザックスを見たが、何も言わずにミートパイを食べ始めた。



(続く)

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