9-5 緊張の時

      ◆


 ハンター大佐の指揮のもと、チューリングは任務で示された所定の宙域を綿密に調べ上げ、搭載していたサイクロプスの全てを周囲に配置した。

 これは宇宙基地αとは別件の、当初の任務の一部である。管理艦隊の思惑がどこにあるのか、それは誰にも分からない。艦長も語ろうとはしないようだった。

 ただ、この一帯には飛び地のように管理艦隊が監視する領域が出来上がったのは確かだ。

 その上で敵性組織の技術力の事情を知るものにはやや心もとないながらも、チューリングは装甲をシャドーモードに変えて、スネーク航行も使わず、漂流を続けた。

 逃げ出すこともできん、とカード軍曹はぼやいていたが、艦長は姿勢制御スラスターを待機させているので、ザックスの感覚では、反射神経さえよければ、ギリギリでの回避機動はできるはずだった。

「その時、俺が発令所にいればな」

 部下を前にして堂々とカード軍曹がそんなことを言うので、交代のためにその場にきていた兵長は恐縮しきりだった。それを見たカード軍曹は、しかしこいつは俺の一割引の反射神経がある、と妙な言葉を添えて端末の前を譲り、発令所を出て行った。

 ザックスは照準装置で、つまり目視に近い形で繰り返し周囲を確認したが、宇宙の闇が広がっているだけだ。

 ユキムラ曹長が千里眼システムで周囲を把握しようと努めているのはわかるが、ザックスには彼から聞いた話が頭にあるので、どれほど精度のものかは把握できなかった。

 名前も不明な、小型船に搭載されていた新装備があれば、ユキムラ曹長の鋭敏な感覚であるところの空間ソナーは、役立たずである。ユキムラ曹長はザックスから見ればピュアな人格の持ち主だから、その事実に傷ついたはずだが、一方で、自分にもまだ何かできると、奮起もしただろう。

 その奮起が、執着に繋がらなければいいと思うしかなかった。

 千里眼システムは十六機のサイクロプスとリンクしているほか、補助艦隊の二隻の観測船のデータも取り込んでいるし、木星周辺の宇宙基地の観測装置、果ては火星にある電波望遠鏡まで動員していると、メインスクリーンで確認出来る。

 処理可能な情報の容量はほぼいっぱいで、ユキムラ曹長がシステムを最大限、使っているのもそれではっきりしている。

 声をかけるべきか、と思っているところへ、席を外していた艦長と副長が戻ってきた。一時的に指揮権を持っていたロイド中尉がほっと息を吐いたのがかすかに聞こえた。

 艦長は三隻の小型船を退けてから、頻繁に発令所を留守にし、これはここまでの航海では珍しいことだった。どこかと連絡を取り合っているようだが、ザックスは内心、任務の今後を確認しているのだろうと思っていたし、それにはほぼ確信に近いものがあった。

 小型船二隻はどちらも攻撃船ジャミロクワイ、攻撃船スティングに連れられて現場から消えている。敵性組織からの反撃がある可能性もあったが、襲撃されたという通報はチューリングには届いていない。

 席に腰を落ち着けて、「ユキムラ曹長、異常はないかな」といやに冷静な口調でハンター大佐が語りかける。ユキムラ曹長のカプセルの上で、カメラが向きを変えた。

「何も異常はありません。僕の視線では、ということになりますが」

「サイクロプスにも問題はないね?」

「全機が順調に機能しています。活動可能時間はまだ三〇〇〇時間を残してます」

 よろしい、と頷いた様子のハンター大佐が、さりげない口調で言った。

「一度、宇宙基地オスロへ戻ることになった。サイクロプスは全て、この場に残しておく。カード軍曹は休息か?」

「ついさっきですよ」

 ザックスが答えると、休ませておこう、とハンター大佐が笑いを含んだ声で言った。そしてカードの代理の兵長、ゴルドンという青年に指示を出した。

「最短でオスロへ戻る航路を算出しろ、兵長」

 恐縮した様子で了解と答え、運のない兵長は端末を操作し始めた。

 しかし、帰投するだって? ザックスは思わず顔をしかめた。

「任務は終了ってことですかい、艦長」

 確認するべきだろうという思いに抗えず、ザックスはハンター大佐を振り向いたが、穏やかな表情で、返事が返ってくる。

「そうだ。準光速航行を開始したら、管理官を集めて会議を開く。そこで伝えるべきことは伝えるよ。それでいいだろう? 軍曹」

「ええ、まあ……、良いでしょう」

 暗に、ここでは言えない、という趣旨と受け取り、ザックスは口を閉じて、ここのところの癖になっている動きで、照準器を操作した。

 周囲に敵影、なし。

 艦がゆっくりと回頭し、推進装置が待機モードから通常航行モードに切り替わる。

 今も敵にどこかから見られているかと思うと、落ち着かないのは、ザックスだけだろうか。ちらりと他の発令所の顔ぶれを確認するが、ゴルドン兵長どころか、ロイド中尉もやや青い顔をしている。

 軍人というのも意外に臆病だが、そこは人間ということだろうと、自分のことを棚に上げてザックスは評価した。それから、その評価を吟味することで、彼らとは違う自分、軍育ちではない自分の心をしゃんとさせた。

 準光速航行に入る寸前にカード軍曹が足早に発令所へ入ってきたが、すでにカウントダウンが終わろうとしているところで、やることは何もなかった。

 チューリング、準光速航行を起動。

「ご苦労だった」

 ハンター大佐が立ち上がる。

「六時間の休息を与える。その後、待望の会議だぞ、軍曹」

 まずザックスを見て、次に立ち尽くしているカードの肩を叩き、老人は発令所を出て行った。

 カードが顔をしかめ、部下のゴルドン兵長を見て、肩をすくめた。

「計算に反射神経はいらなかったな」

 どうでもいいことを口にするカード軍曹にゴルドン兵長は生真面目に頷いてみせ、そんな部下に顔をしかめて見せてやってからカード軍曹はザックスの方を見た。

「「飯にするか?」」

 二人がほぼ同時に言葉を口にして、お互いに口をへの字にして眉間にしわを寄せるのを、ロイド中尉が苦笑いして眺めていた。



(続き)

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