9-2 防戦
◆
チューリングが推進をスネーク航行に切り替えた。
それは循環器システムと呼ばれる、燃料液を高速で血管に流すことで生まれるエネルギーを利用する、最新の機関部とその能力から生まれた、新しい推進法だった。
推進装置がエネルギーの残滓を残してしまうのに対し、スネーク航行は艦自体が推力を生み出すため、残滓をほとんど残さない。ミリオン級だけの特殊な能力だ。
これに性能変化装甲の隠蔽能力、シャドーモードを併用すると、チューリングはおそらくほとんど発見不可能になるはずだった。
事実、それから三十分は何の動きも無かった。
チューリングは三隻の敵艦、それもミリオン級並みに姿を隠している敵をおおよそ把握しつつ、宇宙基地αへの接近を敢行し、サイクロプスも無事に三機、追加して放出することができた。
そう、三十分は、なのだ。
「なんだ……? これは……」
思わずといったようにユキムラ曹長がスピーカーで呟いた途端、発令所に表示されていた星海図の立体映像から、三つの光点が消えた。
つまり、敵艦を見失ったのだった。それも前触れもなく。
「どうなっている? 報告しろ、ユキムラ曹長」
「艦長、その、敵艦が消えました。準光速航行ではありません。本当に、急に、忽然と……」
ここまで狼狽するユキムラ曹長も珍しい、と思いながら、ザックスも照準装置を使って周囲を索敵する。通常の艦船が相手なら、十分に周囲を把握できるこの装置が意味を持つが、現実には何も捕捉できなかった。
「敵が逃げるわけもあるまい。戦闘態勢を取れ。第一種だ」
ハンター大佐の宣言で、全艦に通告があるが、ザックスはそんなことに構っている暇はなかった。全ての兵装はすでに起動済み。しかし敵が見えないのでは、先制攻撃は不可能だ。最初は迎撃からのスタートを強制されるのは確実で、ミサイルか魚雷に備えるしかない。
「熱を感知しました、魚雷、来ます」
精神の均衡を取り戻したユキムラ曹長からの報告と同時に、電子頭脳がザックスの端末にも座標を表示した。
ほとんど反射的に近接防御用のレーザー銃を選択し、手動で照準し、撃墜していた。
しかし魚雷の周囲にキラキラと光る雲のようなものが広がるのも見えた。
「欺瞞物質を回避しろ、カード軍曹。ユキムラ曹長の目を奪われるわけにはいかない」
「無茶言わないでください、やれるだけやりますけどね」
ハンター大佐に反論しつつ、カード軍曹の操艦でチューリングが加速し、欺瞞物質の雲をどうにかやり過ごす。
ザックスはレーザー銃を撃ったことを瞬間、後悔し、仕方がなかった、と自分を納得させた。
艦がいくら姿を隠していても、レーザー銃など撃っていては、自分の場所を教えたようなものだ。
「宇宙基地αに動きがあります、移動を開始したようです」
緊張が隠せないユキムラ曹長の言葉に、サイクロプスを一つ、送り出せ、とハンター大佐が淡々と指示を飛ばす。
「ザックス軍曹、最大出力でサイクロプスを射出しろ。可能な限りサイクロプスをαの至近に送るんだ」
「二つ、使わせてもらっていいですか?」ザックスはもう手続きを始めつつ、意見を伝えた。「一つより二つのほうが確度が高い。当たり前の理屈だが」
「いいだろう。急いでくれ」
もうやりますよ、と言いながら、二つのサイクロプスを電子頭脳に登録し、実体弾の代わりにはるかに離れている宇宙基地αに射出した。順調に離れていくが、速度は遅すぎるほどに遅い。少なくとも宇宙基地αとの距離がいきなり狭まることはない。
今できることは、これくらいだ。
あとは敵艦への対処である。まだ姿は見えない。
「こいつは半分は妄想ですが」
カード軍曹の進言に、ザックスも端末を操作しながら、耳を向けた。
「サーチウェーブを打って、その反響を千里眼システムで解析すれば、何かわかるのでは?」
「それではこちらの位置が露見します、カード軍曹」
レイナ大尉が答えると、カード軍曹は悪びれもせずに応じる。
「どうやら敵にはこちらが見えているようですがね」
「ミサイルが三発、発射されました」
まるでカード軍曹の言葉を裏付けるような、ユキムラ曹長からの報告。
「発射地点を精査していますが、敵艦は発見できず。おかしいです、こんなことがあるわけがない」
「曹長、ミサイルは囮りか? それとも攻撃の意図か、わかるか?」
艦長からの質問に、ユキムラ曹長は早口で答えた。
「こちらを撃破する意図です。ですが、自律飛行ではありません。遠隔操作だと思います。本当に、直感でそう思う、という程度ですが」
君の直感を信じよう、と低い声でハンター大佐が答え、ザックスに指示を出した。
「ミサイルを迎撃しろ、ザックス軍曹」
「いつまでも打たれっぱなしじゃ、勝てませんぜ」
思わずザックスが言い返した時、わかっている、と唸るような返事があり、今度はハンター大佐の声がユキムラ曹長に向く。
「サーチウェーブを発信するんだ。最大出力で」
「了解。サーチウェーブ、打ちます」
瞬間、コーンと高い音が発令所に響いた。おそらくチューリングのどこにいても聞こえただろう。
ザックスはそのサーチウェーブのおかげで迎撃するべきミサイルの正確な座標と速度、針路を把握できた。迎撃は容易い。
ただ、問題の敵艦は発見できないようだった。ユキムラ曹長はカプセルの中に入っているわけだが、この時は彼の集中と焦燥が、はっきりと感じ取れた気がした。
「敵艦、見つかりません」
小さなユキムラ曹長の言葉は、ぐっと発令所の空気を重くした。
どうすれば敵艦を見つけられる?
端末の画面でミサイルへ迎撃のためのレーザー銃で狙いを定めながら、ザックスは考えた。
答えは、艦長のすぐ横、レイナ大尉の口から出てきた。
(続く)
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