8-6 宇宙に潜む敵

     ◆


 発令所に入ると、艦長は不在で、副長が空席のすぐそばに立ってメインスクリーンを見ていたのが、視線をゆっくりとカードに転じた。

「敵はいるようですか?」

 カードの方から口を開いたが、レイナ大尉はすでに視線をメインスクリーンに戻している。

「第一のサイクロプスを設置して二時間だから、そろそろ二つ目を設置するわね。今のところ、異常はない」

「ユキムラ曹長の反応は?」

「だから、敵艦の存在はまだ把握できていません。そろそろ、任務の対象の非合法の宇宙基地αが空間ソナーに捕まるでしょう」

 ややそっけないレイナ大尉の物言いに、少し不機嫌になりつつ、カードは彼女の横で、こちらを気にする操舵装置を握る部下を眺めやる。

「休まなくていいの?」

 今度はレイナ大尉から問いかけてきたので、まあ、などとカードは応じる。

「まあ、なんなの?」

「興奮していて、眠れない」

「緊張? 戦いたいのか、それとも死ぬのが怖いのか、どちら?」

「両方でしょう」

 冗談めかした質問にカードは笑い混じりに答えた。そして、少しやり返す気になった。

「そういう大尉はどちらです?」

「怖さが勝つかな」

 そいつは意外、と言おうとしたが、まるでそれを予想したように鋭く一瞥され、カードはぐっと言葉を飲み込んだ。この女性士官は見た目は麗しく、知性も知力もあるが、決して深窓の令嬢タイプじゃない。刺激しないほうがいいだろう。

「副長、サイクロプス二番を切り離します」

 ユキムラ曹長の言葉に、「やって」とレイナ大尉は簡潔に答えた。ユキムラ曹長が宣言し、メインスクリーンの隅で、サイクロプスの二つ目が艦を離れて機能し始めたことが表示された。

 結局、カードは予定より早く部下から仕事を引き継ぎ、操舵装置を握った。

 発令所はシンとしている。居心地が悪いこと、この上ない。音楽でもかければいいものを、と思ったが、カードは別に音楽を聴く趣味がなかった。雑談くらい許されそうなものだが、そこは軍隊だからか、無駄口が許される感じではなかった。

 しばらくすると、艦運用管理官であるロイド中尉がやってきて、部下と交代した。

「早いね、カード軍曹」

 予定ではカードの方が遅く発令所に来るはずだから、そう訊ねたようだが、カードが「眠れなくてね」と答えると「こっちもさ」と返事があった。意外に深刻な発声で、カードは不安になった。

 どうやら今、チューリングは「見えない敵」の第一撃を受けているらしい。

 それは敵がどこにいるかわからないということで、その状況は、不意打ちを受けて何もわからないまま死ぬ、という非情に直結する。

 誰もが周囲に気を振り向け、宇宙を探り続けるが、やはり敵は見えないのだから、常に集中を強いられ、精神的に消耗させられていく。

 本当なら空間ソナーがその不安を払拭するはずだった。だが敵は空間ソナーをもってしても、そしてユキムラ曹長という天才をもってしても、姿を隠し続けている。

 そこに本当にいれば、だが。

 三機目のサイクロプスが切り離される頃、ユキムラ曹長が宇宙基地αを十五スペースの彼方に把握した。連邦のデータベースを確認しても、そこには何もないことになっている。もっとも、宇宙海賊の秘密宇宙基地かもしれない。

 艦長と副長が揃い、管理官もザックス軍曹が来たことで、全員が揃っていた。

 拡大されて表示された宇宙基地にカードは既視感を持った。やはり海賊が運営していた宇宙基地に似ているのだ。小型で、旧型のそれだ。乗組員が少数で済むし、宇宙基地は補給のためと、荷物の積み下ろしの場に過ぎないから、ただ大きければいいわけではない。

 それでも、何かがおかしい。

 宇宙基地αの大きさでは、艦船の補修に限界がある。実際、チューリングが三隻の小型船で攻撃を受けた事実からすれば、どこかに艦船の能力を維持する施設がある、と考えざるをえない。

 一方で、非合法の宇宙基地が一隻しかない、という理由もないのだ。海賊でさえ複数を所有している。

「宇宙ドッグが隠れているかな」

 そう呟いたのはおそらくカードと同じことを考えた、指揮官であるハンター大佐だった。すぐにレイナ大尉が意見を口にした。

「小型船に武装を施す、補修する、修理する、そんなこともあの宇宙基地では難しそうですから、艦長の仰る通りかと思います」

「不思議な話だな」

 ほとんど間をおかずにザックス軍曹がざっくりと意見を提示した。

「小型船が隠れるならわかる。しかし宇宙ドッグが隠れるかね」

「別の拠点があるのかもしれないな」

 ごく一般的な意見をハンター大佐が口にして、かもしれませんね、とザックス軍曹は追及をやめたようだ。ハンター大佐を問い詰めても、正答が出てくる問題ではない。

「サイクロプスを二つ、放出していいですか。できれば、速度をつけて」

 いきなりユキムラ曹長が発言し、管理官たちが彼の方を見る。しかしカプセルの中の人間の目の代わりになるはずのカメラはピクリともしない。

「より立体的に観測したいのですが」

 どうやら話しながらも、この特殊な索敵管理官は宇宙基地αを分析し続けているらしい。カードはユキムラ曹長の状態をモニタリングしている表示をメインスクリーンで確認した。

 千里眼システムが今も機能している。処理可能な容量の半分ほどはすでに使われていた。

「許可しよう、ユキムラ曹長。ザックス軍曹、サイクロプスをユキムラ曹長の指示した座標へ送り込んでくれ」

 チューリングに搭載された実体弾を使用する小型砲が、この時はサイクロプスを打ち出す装置に変わる。サイクロプス自体にも姿勢制御のためでもある推進能力はあるが、出力はそれほど強くはないのだ。

 ザックス軍曹とその場で打ち合わせて、ユキムラ曹長は二つの高性能多機能ブイを別々の方向へ打ち出した。

 事態はそれからほんの五分で転換した。

「空間ソナーに感があります」

 冷静なユキムラ曹長の声と同時に、立体映像の中に点滅する光が出現した。

 それも、三つ同時に。



(第八話 了)

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