8-5 熱狂の季節

     ◆


 発令所には緊張が続き、カードは部下である兵士に操舵装置を預けるのにためらいを感じるほど、気を張っていた。

 もしもの時には自分で艦を操りたい。それが一番、安心できる。部下の腕前は軍人でありながら、一枚も二枚も、カードの方が上だ。

 このことはたまたまハンター大佐に話をしたことがあるが、返答は困り顔とぼやき声だった。

「連邦宇宙軍の良いところは、大抵のエリートが近衛艦隊で平穏な日々を過ごし、そのまま昇進し、平穏に退役し、平穏に老後の余生を送ることなのさ」

 技術と安定は必ずしも結びつかない、とカードは思ったが、もちろん、技術を売り物にして安定を買うものはいるだろう。

 そもそもカードからして、技術を売ることで、命を拾った身なのだ。

 元々のカードは民間の宇宙船操縦士学校を卒業した、戦いとは無縁の人間だった。二十歳になる前に運送会社に就職し、見習いからスタートして、キャリアを積んでいった。

 だが数年を過ごした時、乗り込んでいた輸送船が海賊に拿捕された。凶悪な海賊で、彼らはカードが乗る船に踊り込み、殺戮の限りを尽くした。尽くしたが、会社員にも意地があったか、もしくは、人間の本能がそうさせたのか、強かな反撃を受けた。

 カードは命を奪われる寸前に、海賊たちが自分たちの操舵士を殺されたことに気づき、操縦士を現地調達、略奪し殺す対象から手に入れる対象に変更することに方針転換した。

 最初は銃で脅され、海賊の船を操った。

 そのうちにカードは宗旨替えすることに決め、決意を伝えた時には海賊たちとは家族のように親しくなっていたこともあり、自然と受け入れられた。

 最初は密輸船の操縦士、そのうちに輸送船や客船、個人所有の宇宙船を襲撃する船の操舵を任された。ここで、相手の艦船に強引に接舷する技術を、実践と実戦の中で学ぶことになったのだった。

 そのうちに海賊たちが安全のためという理由で、カードと数人を別の船で独自に行動するように指示をして、その小隊のリーダーがカードに決まった。

 大人数で動くより少数団がバタバラに行動し、必要な時に協力すれば、集団化した時を狙われない限りは、連邦宇宙軍の摘発での損害を小さくできる道理だった。

 この段階でカードはやや退屈していた感は否めない。大抵の操縦技能は身についていたし、失敗も滅多にない。

 そこでカードが目指したのは、最速の密輸屋、とでも呼ぶべき、速さの追求だった。

 密輸のための非合法の小さな宇宙基地を海賊はいくつか持っており、それどころか、それは派閥のような形で裁量を持つ海賊の頭領たちが、協力して運営している、闇社会の市場のような場所だ。

 その闇市場の間を、カードは可能な限りの短時間で飛ぶことに熱中した。

 非公式ながら、世界記録を二回ほど更新し、三回目に挑んだ時に、連邦宇宙軍に船を拿捕され、そこで終わったのだから、このスピード狂の必死さは、後には何も残さなかったことになる。

 火星に送り込まれ、強制労働を続け、そこをハンター大佐に拾われた。不思議な縁だが、ハンター大佐がちらりと漏らしたところでは、カードが逮捕された時の記録が、密かな噂になっていたらしい。その記録はカードが世界最速で船を飛ばしたと主張しているというもので、しかし犯罪者の妄想と誰もが聞き流した。

 だがハンター大佐はそれを覚えており、どこかに記録したようだ。そしてそれがカードをあの不毛の惑星の地下坑道から救い出したことになる。

 スピードに狂ったことが長いブランクの後、カードに救いをもたらしたのは、カード自身にとっても予想外だった。彼は自分の技能や経歴は、同じ強制労働をしている連中に漏らしていなかったので、ハンター大佐から噂の件を言われるまで、何が自分を救ったかも、理解できない有様だった。

 とにかく、チューリングの操舵管理官という、望外にして、最高と言っても過言ではない立場になったのだから、カードとしては可能な限りの力を今、出したいのだ。

 部下に操舵装置を任せ、食堂で保存食のゼリーを勢いよく腹に入れ、部屋に戻る。四人部屋で、下士官ばかりだ。二人は部屋にいて、何か話し合っていた。カードにも声をかけてくるが、「寝る」と一言で切って捨て、彼は自分のベッドに横になり、カーテンを閉じた。

 浅い眠りの中で、火星の夢を見たが、夢だとわかったので無理やりに意識を覚醒させた。

 坑道の中の休憩所とは全く違う環境、ほどほどに柔らかさと硬さが融合した、形状記憶マットの上にいる自分を再確認して、カーテンを開ける。先ほどの二人の下士官はそれぞれの寝台に入ったようだ。

 時計を確認。ほんの四時間しか寝ていなかった。次の勤務時間まで五時間ほどがある。

 それでもカードは発令所へ向かった。眠れそうもない。その前に、食事の代わりの栄養調整ゼリーのパックをもらおうと、食堂へ寄り道をすることにした。




(続く)

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