8-4 整理

     ◆


 敵性組織の自称は、宇宙改革派、というらしい。

 ふざけた名前だが、名前がないよりはいい。カードがそう思っているところで、ハンター大佐が「改革派と呼ぼう」といったので、せっかくの名前を省略されるのも、敵からすれば不快かもしれない。

「任務で偵察する宇宙基地の存在は、おおよそ確実だ。だが、敵の護衛艦隊があるとも情報が手に入った」

「白兵戦部隊の生き残りがそんなことを知っているのですか?」

 そう質問したのはロイド中尉だ。全員の視線がハンター大佐に集中するが、答えたのはレイナ大尉だった。

「敵は人員が豊富ではないようで、侵入した敵は機関部員だと言っているのよ」

「自転車操業だな」

 ザックス軍曹のジョークは空振りで、誰も笑わなかった。

「敵艦の奇妙な静粛性についての情報は?」

 カードは素早く、端的に気になることを訊ねてみた。答えたのはウォルター中尉だ。

「敵艦の残骸を回収できるものは回収したけど、奇妙な塗料が装甲に厚く塗られている。これが空間ソナーから艦を消す工夫のようだが、それだけとも思えない。推進装置は爆発して原形を留めていないが、戦闘艦に回収させて、どこかで詳細に検証させることになった。見たところ、僕もよく知らない推進装置だ」

「そんなものを作る技術力があるのか? 改革派を名乗る独立分子に?」

「あまり大きな声では言えないが」

 そのハンター大佐の声は、十分以上に単に大きかったので、その場の誰もが不審げな顔になったが、どうやらハンター大佐なりの冗談のようだ。

「敵性組織はただのテロリストの集まりではない。どこかから、大きな何かがバックアップしている可能性が高い」

「企業、ということですか?」

 ロイド中尉の質問に、もしくは、とハンター大佐が応じる。

「国、かもしれないな」

 会議室が水を打ったように静まり返った。カードが見たところ、レイナ大尉とオードリー准尉は事情を知っているようだ。無表情が常のエルメス曹長の表情が不安そうになっているのが、この事態の重要さを測る指標だろう。

「連邦からの造反ですか……?」

 ザックス軍曹が呟く。呟いてから手のひらを額に当て、短く笑った。

「そいつは豪勢でいいな。戦争になるわけですか?」

「戦争になれば、連邦成立後、初めての戦争になるな」

 地球連邦の成立に際して、三度に渡る大きな戦争があり、そのうちの二回は宇宙も戦場となった。地球と月の間での応酬である。かなり前のことで、当時は火星の地球化は計画上の空想、予定に過ぎなかった。

「とにかく、余計な詮索をして蛇を出すのは、私たちの役目ではない」

 ハンター大佐が全員を見回した。

「戦争になろうとならなかろうと、まずは我々が生き残るのが第一だ。諸君の中に戦争したい奴はいるか? どうだ、ザックス軍曹」

「勘弁してくださいよ、さっきのは冗談です」

 バンザイしてみせるザックス軍曹に頷いてみせ、ハンター大佐がこの後の展開を話し始めた。

「目的の宇宙基地は目標αとする。こいつを偵察し、情報を集め、逃げ出すとしよう。装甲は機能を取り戻しているから、シャドーモードで忍び寄れるはずだ。そしてサイクロプスを使えば、チューリングを離脱させることも可能になる」

「敵艦の性能が、不安材料になりますね」

 常識的なロイド中尉の言葉に、その通り、とハンター大佐が呟く。

「どうも塗料だけじゃないな。どこかの操舵管理官が派手に敵艦を破壊して、調べる相手がすっ飛んでしまったのが悔やまれる」

「そいつは失礼しました」

 今度はカードがバンザイする番だった。少しだけ会議室の雰囲気が緩むので、カードとしては満足だった。

 レイナ大尉が咳払いをして、結論を口にした。

「空間ソナーが機能しないのでは、こちらとしては目を奪われているようなものです。行動開始と同時にサイクロプスを使って、敵の隠蔽を暴く計画です。少しの痕跡でも、ユキムラ曹長なら気づくでしょう」

「そういうことだ。不確定要素ばかりだが、それは最初からだ」

 ハンター大佐がそう言って、少しだけ口元を動かしたがヒゲでよく見えなかった。笑ったのかもしれない。

「とにかく、行動あるのみ。諸君の奮闘に期待する、などというと他人行儀かな?」

 わかりませんね、とザックス軍曹が笑い、カードも同調する発言をしておく。

 会議が解散になり、それぞれが持ち場へ戻るが、ウォルター中尉、エルメス曹長、オードリー准尉の三人以外は発令所へ移動するだけだ。

 発令所に入ると、立体映像がメインスクリーンの前でぐるぐると回り、時折、チラついている。

 レイナ大尉がユキムラ曹長に手短に事情を説明しているが、ユキムラ曹長は「聞いていました」と答えている。レイナ大尉が目を丸くしたところで、ユキムラ曹長の機械の手がカードを指差す。

 カードは片手で小さなマイクをぶら下げてみせる。やれやれ、まったく、とでも言いたげにレイナ大尉が首を振り、ユキムラが謝罪するのを許し、ハンター大佐の背後へ戻った。

 各管理官は仕事を進め、チューリングはいつでも動き出せる態勢に戻った。ハンター大佐が戦闘艦ジャレットの艦長と通信を行い、礼を伝える。ジャレットは管理艦隊の基地に戻り、入れ違いに予備として控えていた戦闘艦ジャミロクワイがやってくるという。

 二隻の観測船は安全な宙域に後退し、観測装置でチューリングの安全と索敵をフォローするようだ。これはユキムラ曹長が千里眼システムを稼働させ、情報を統合するということを意味する。

 ユキムラ曹長の負担が気になるが、カードにはどうしようも無いし、他の管理官や乗組員にも、肩がわりはできない。

 ハンター大佐が、作戦の再開を告げる。

 カードの操舵によって、チューリングがゆっくりと進み始めた。

 装甲がシャドーモードになり、チューリングは宇宙の闇に溶けるように消えたことだろう。



(続く)

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