8-3 仮想の敵

     ◆


 敵兵の取り調べは海兵隊がやることになり、ハンター大佐とレイナ大尉もそれについていった。発令所にはザックス軍曹、ユキムラ曹長、カードだけだ。

「あまり落ち込むなよ、ユキムラ」

 先ほどからザックス軍曹はユキムラ曹長を励ましているが、当のユキムラ曹長は言葉すくなだった。

「誰にだってミスはあるさ。一応、船は生きているし、誰も死んじゃいない。それで良しとしようぜ」

「ええ、それは、幸運でした」

「気にするな」

 カードが短くそういうと、ユキムラ曹長のカプセルの上のカメラが、方向を微調整し、カードを見た。

 少しだけ、話すつもりになった。

「ザックスはわかるだろうが、独立分子も海賊も似たようなものさ。さっきみたいなやり方は、俺も繰り返しやったものだよ」

 そう口にするカードの脳内に、無数の光景が浮かんだ。様々な艦船に接舷し、白兵戦部隊を送り込む。連中が生きて帰って来ればそれでいいし、誰も帰ってこなければ、死体の回収もできずに逃げ出すしかない。

「戦いっていうのは、不条理なんだ。どうしようもなくな」

「僕のミスでした。もっと、コントロールできたはずです」

「コントロールできないのが、つまり不条理さ」

 そうやり返して、カードは笑みを見せた。

「それに、お前のミスだったとしたら、俺もミスをした。艦に取りつかれるなんて、迂闊だったよ。もっと敵はスマートだと思っていた。変な先入観があったんだ」

「敵は海賊みたいなものかもなぁ」

 そういったのはザックス軍曹で、彼はメインスクリーンを見ていて、カードにもユキムラ曹長にも視線を向けていない。

「俺たちはとんでもないところへ踏み込んだんじゃないか?」

「どういう意味ですか、ザックス軍曹?」

 ユキムラの問いかけにも、ザックスは視線を外さなかった。メインスクリーンには艦全体の不具合の一覧が表示され、補修と保全の進行がパーセントで表示されている。まだ完了しているものは一つもない。

 機関部員と、艦運用管理官の部下たちは大わらわで働いている。カードとユキムラ曹長、ザックス軍曹の部下も駆り出されていた。

「ここら一帯は、本当に連邦宇宙軍の支配域じゃないんだ。そしてここには、敵しかいない。どこに潜んでいるのか、どれだけの数がいるのか、何もわからないまま、俺たちは生き延びなきゃいけないわけだ」

「不思議なんですが」

 ユキムラ曹長は少し調子を取り戻してきたのを、カードは感じた。

「どうして空間ソナーに感がなかったんでしょう?」

「それは漂っている敵艦の残骸を解析するのを待つしかない」

 ザックス軍曹がそう応じながら、端末を操作し、つい数時間前の襲撃時の、空間ソナーの記録をメインスクリーンに表示させる。

「後から来た二隻は、準光速航行から離脱した痕跡がある。しかし最初の一隻は、謎だな」

「どこから追跡したんだろうな」

 カードは率直な疑問、おそらくユキムラの疑問と同じものを口にした。自分の端末を操作して、繰り返し左舷に取りつかれる場面を確認した。

「待ち構えていた、となると事態は最悪の上に最悪さ。連邦宇宙軍の行動が敵に筒抜けだからな」

「それはないさ」あっさりとザックス軍曹は否定する。「もしそうなら連邦宇宙軍は今頃、大打撃を受けているはずだ」

「それじゃあ、どうやって敵の船はチューリングに接触した?」

 別の待ち構え方があるんじゃないでしょうか、とユキムラ曹長が発言し、議論していた二人が顔を向ける。ユキムラ曹長は身振りもしないので、無反応だが、カメラがわずかにピントを合わせている様子が見てとれた。

「重要拠点の周囲に、艦を配置しておいて、即応体制を取る。連邦宇宙軍の動向は、きっと部分的には露見しているんですよ。オスロが襲撃されたわけですし。だから、僕たちがこの辺りへ来ることは、消去法でもわかる、かもしれない」

「しかし俺たちは奴らを退けた」

 ザックス軍曹は腕組みをして、言葉を続ける。

「もしユキムラの発想が正解なら、こんなところにいると、俺たちが敵の大攻勢を一手に引き受けるのは必然だ。かといって、今のチューリングには姿を消すこともできない。チェックメイト、じゃないのか?」

「艦長が補助艦隊の出動を要請したので、それが牽制になったのでは? 通信が傍受されているわけじゃなく、補助艦隊の動きを察知して、という都合のいい発想になりますが」

 嫌な予感がする。唐突にカードの心にそう表現するしかない影が差した。

「話が始めに戻ることにならないか?」

 ザックス軍曹とユキムラ曹長がカードを見る。

「敵艦を空間ソナーで察知できないとなると、こちらの戦力が芋づる式に引き寄せられ、都合よく各個撃破されてしまう気がする。一番の問題は、やはり敵艦を把握できないことだろう」

 敵艦の解析を待つしかないな、とザックス軍曹が話を切り上げた。

 ほどなく、チューリングを補助する小艦隊が到着した。二隻の攻撃艦ジャレットとスティング、二隻の観測艦のコルトレーンとピーターソンである。

 ユキムラ曹長がすぐに二隻の観測艦と情報のリンクを確立し、高出力の観測装置を総動員して、周囲を探り始める。カードはザックス軍曹と雑談をして、暇を潰した。

 敵艦の襲撃もなく、かといってユキムラ曹長が重大な発見をすることなく、何はともあれ、チューリングは補修を進めることができた。

 いや、重大な発見はあったのだ。

 オスロを襲撃した敵性艦にくっついているはずの発信機から信号が途絶えた。ユキムラ曹長が表情を変えることができれば、血相を変えただろう。

 報告を受けた艦長はしばらく考え、不愉快だな、という一言で信号の受信の回復をはかる必要を否定した。

 六時間が過ぎ、破られた装甲を張り替え、血管も点検が終わり、燃料液が流された。

 チューリングが問題ない機能を取り戻したのは、敵艦の撃破から七時間三十分が過ぎた頃だった。

 奇跡的な七時間半である。

 二隻の攻撃艦に護衛された状態で、ユキムラ曹長以外の管理官が会議室に集合した。



(続く)

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