8-2 力技

     ◆


 この時、チューリングには幾つかの課題があった。

 一つは艦内に侵入した敵兵をどうするか。

 一つは左舷側に張り付いている敵艦をどうするか。

 一つは向かってくる二隻をどうするか。

 この三つのうち、最初の一つは海兵隊に任せるしかない。そのために乗っているようなものだし、仕事の機会なんだから、せいぜい粉骨砕身の覚悟でやってほしい、とカードは考えていた。

 カード自身に出来ることは残りの二つに限定されている。

 推進装置の出力に、食らいついている敵艦が妨害を加えればまた別の展開もあっただろう。ただ、どうやら敵は自分たちの突入部隊を回収することを意識したらしい。

 構成員の少ない組織にとっては、構成員という人的資源を無駄にできないという、切実な問題がある。もっとも、それは船や武装に関しても言えるが、やはり使う人間がまず必要だ。

 カードはされるがままの敵艦を引きずって、向かってくる方の敵艦にチューリングを肉薄させた。

 ユキムラ曹長から敵にロックオンされていることと、ミサイル発射管が開放されていること、そんな報告があっても、カードは少しも怖くはなかった。

 自分の腕とチューリングという艦を信じていたし、やや不愉快ながら、ザックス・オーグレインという火器管制管理官を信じてもいた。

 敵艦からミサイルが発射され、向かってくる。おそらく多弾頭ミサイルで、必殺を狙ってくるだろう。

 操舵装置をひねり、ザックス軍曹が操る粒子ビーム砲の射程内にこちらから敵のミサイルを取り込む。

 阿吽の呼吸で、連射された粒子ビームがミサイルに命中し、爆発の光が膨れ上がる。

 そこへハンター大佐が魚雷発射の準備を指示する。ザックス軍曹が雑な返答。敵もまた粒子ビームを吐き出し始め、カードは停滞なく、チューリングを敵の粒子ビームの射程から逃がそうとするが、それは不可能。敵は間合いを詰めてくる。

 なら別の手段を使うまでだ。

 艦をさらに捻るような機動を取らせ、左舷にまだ張り付いている敵艦を、敵の粒子ビームに晒してやる。案の定、安全装置が働いたのだろう、敵艦は粒子ビームによる攻撃を中断した。

 カードはここで切り札を一つ切ってみることにした。

 チューリングが不規則に振動し、激しく軋む音が発令所に響く。メインスクリーンに警告の窓が同時に三つ表示された。

 チューリングは言ってみれば宇宙空間でドリフトじみた進み方をした。

 敵艦二隻に左舷を向けて、そのまま左舷を正面にして横にスライドしているのだ。

 敵が海賊流でやっているのだ、同じ技術を使って悪い理由はないだろう。

 敵艦はさすがに混乱したが、カードが混乱する道理はないし、カードよりもチューリングの電子頭脳の方が混乱していた。想定されていない動きなのだ。

「電子頭脳ってのも意外に馬鹿だなぁ」

 つぶやきつつ、カードはさらに艦をスライドさせていく。敵艦が左右に分かれるのを見て、やっと異常な機動から離脱し、ザックス軍曹に右舷側の敵を狙いやすいように、艦首を振ってやる。

 まるでカードの意図を予想していたように、ザックス軍曹の艦砲射撃、両舷に一門ずつの粒子ビーム砲の攻撃は魔法のように敵艦に全て吸い込まれ、光が連続して瞬いた後、ひときわ大きな閃光が弾け、艦が二つになった。

 もう一隻は、カードが受け持つことになる。

 艦首が、左舷方向へ逃げた敵艦の方へ振られ、やはりチューリングの発令所では全員が慣性に揺さぶられ、メインスクリーンにはもう一つ、警告が追加される。

「あばよ、無礼なお客様」

 そうカードが呟いた時には、チューリングの艦首は敵艦の左舷すれすれにあり、二隻がすれ違う。

 すれ違うが、敵艦の前には、チューリングの左舷に張り付いている、彼らの仲間の船があった。

 その二隻が衝突した衝撃は、そっくりそのままチューリングにも伝播した。今度こそ、発令所の全員が例外なくよろめき、着席しているハンター大佐と、機械の体のユキムラ曹長以外は倒れこんだ。

 カードは強かに右肩を打ち付けたが、素早く起き上がり、メインスクリーンを確認した。

 数え切れないほどの警告表示が出ているが、一番の問題は左舷の一角で空気が漏れていることか。しかし血管は無事なようだ。カードに続いて起き上がったロイド中尉が端末を操作し、隔壁の閉鎖で気密を確保したことを宣言する。乗組員も先に退避していたエリアだ。

 メインスクリーンの警告を全て無視して、ロイド中尉が艦内の様子を確認し始めたようだった。

 と、ウインドウが開き、装甲服で体を覆い、ヘルメットを被った誰かが映った。

「とんでもない衝撃だったけど、艦は生きているの?」

 声はオードリー・ブラックス准尉だな、とカードは理解した。彼女の装甲服には傷一つない。ハンター大佐が彼女に状況を訊ねると、ハキハキと返事が来た。

「侵入した敵兵は全部で六名、そのうち四名は死亡、二名は確保しました」

「こちらの損害は?」

「一人の損耗もありません。ロイド中尉が隔壁を使って敵兵を分断した功績は大きいですね」

 そんなことをしていたのか、とカードはロイド中尉を見たが、ロイド中尉はどこか青白い顔でオードリー准尉を見ている。

「准尉、エルメス曹長はどうなった?」

 それが気になるのかよ、と思いながら、確かに敵兵が侵入した地点は格納庫が近いのだ。

 オードリー准尉は、問題ない、と短く応じて、ハンター大佐に今後について訊ねた。

「しばらくは姿を消したいところだが、艦の補修が先だな」

「敵艦をどうやって引き剥がしたのです?」

 素朴なオードリー准尉の質問に、ハンター大佐は肩をすくめ、カードを見た。

「次はもっとお手柔らかに頼む、軍曹」

 今度はカードが肩をすくめる番だった。



(続く)

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