第8話 戦闘領域

8-1 海賊流

     ◆


 カード・ブルータスにとって星海図というのは、大抵が見慣れたものだった。

 しかしさすがに人類文明の外れも外れ、土星に近い位置になると、不慣れな部分が多い。調査船が収集した情報と、高性能な電子頭脳が計算した情報を加味すれば何の問題もないとは思えるが、イレギュラーは常に起こりうる。

 今、彼が乗っているチューリングは準光速航行を切り上げる目前で、通常航行へ切り替えたまさにそこが、戦場とそれ以外の分水嶺になるかもしれない。

 もっとも、カードにとって宇宙は大抵が戦場ではあったが。

「通常航行へ戻るまで、あと一分ですぜ」

 彼が声をかけると、背後から低い声が返ってきた。

「予定通りだな。ユキムラ曹長、周囲を把握しているか?」

 ハンター大佐の言葉に、スピーカーからの声で索敵管理官が答える。

「周囲十スペースには、いくつかかすかな痕跡があるのみで、目立った異常はありません。離脱地点もおそらく問題ないと思います」

「上出来だ。カード軍曹、タイミングは任せる」

 はいよ、と応じながら、端末を操作し、時計のカウントダウンもチェックする。通常航行への離脱のタイミングは、宇宙船が無防備になる瞬間の最たるものだ。

 大抵は急減速のために運動能力を喪失しており、海賊が喜ぶシチュエーションが発生する。

 カードは海賊時代、そのタイミングに狙って獲物に忍び寄る、というよりほとんど接触するような操舵技術を買われていた。海賊団というほど大規模でもなく、二隻の小型船しか所有していなかったが、カードは常に一隻を受け持っていた。

 ユキムラ曹長からの情報を確認、確かに何も空間ソナーには引っかかっていない。

 カウントダウンはいよいよ十を切る。こうなっては思い切るしかない。

 ゆっくりと数字が減り、ゼロと同時にカードは操舵装置にあるレバーの一つを手前に倒した。

 メインスクリーンに大きな変化はない。ただ星の輝きが少し増したような錯覚がある。

 そんな光景を眺めている余裕はカードにはない。推進装置の手応えを確かめ、さらに姿勢制御スラスターも確認。どちらも問題ない。

 操舵士の常で、船をゆっくりと進ませ、旋回する。通常の警戒手順。

「安全を確認しました」

 素早い索敵管理官の報告を受けても、カードは手順を省略しなかった。

 それが無駄だったかどうかは、後になってみないとわからない。

「いえ、これは、至近に感があります!」

 電子音声の悲鳴に、さっき安全を宣言しただろう、とカードが言い返す間もなく、衝撃が発令所を突き上げた。カードは重心移動で激しすぎる揺れをやり過ごす。

 船同士の衝突の経験はあるが、それが意味するところは一つしかない。

「海賊流だな」

 思わずカードが呟く横で、艦運用管理官のロイド中尉が叫ぶ。

「所属不明艦に取りつかれています、接触した模様! 左舷五十番、五十二番、五十三番、五十五番の装甲に異常信号!」

「装甲をルークモードに。海兵隊を向わせろ。格納庫のエルメス曹長にはシェルターに入るように伝えろ」

 非常に厄介な事態にも、ハンター大佐はほとんど動揺していないように見えた。

「粒子ビーム砲で撃ってやりましょうか、艦長」

 おどけた調子でザックス軍曹が言うと、ハンター大佐も少し声に笑いを含ませた。

「あまり至近で破壊すると、こちらも巻き添えだ。少し待っていろ」

 そんなことを言いながら、ハンター大佐はどこかと話し始めた。どうやら機関部員で腕っ節の強い奴を白兵戦に駆り出すらしい。こいつは大事だ、とカードはぼんやり思った。

 まさしく海賊流で、たった今も、正体不明の敵はチューリングの装甲の一部を破ろうとしている。やり方は幾つかあり、超高出力レーザーで焼き切るとか、超強酸の液体を吹き付けて溶かすとか、よりどりみどりだ。

「艦長、当該箇所の血管の閉鎖が終わりました。装甲はすでに機能不全です。破られます」

 少しだけ動揺の見られるロイド中尉だが、取り乱しはしない。さすがは軍人、とカードは危うく口笛を吹きそうになった。今はシリアスな場面で、口笛はそぐわないな。

 こそこそとレイナ大尉が艦長に何か進言しているようだった。おそらく艦そのものか、データか何かを消去する相談だろう。ただハンター大佐はそれを退けたようだった。

 メインスクリーンに映像が映り、通路を黒い装甲服の人間が横切る。一瞬しか見えなかったが、いくつかのメーカーの装備を混ぜているようだ。それ自体はカードにも馴染みがある。それもまた海賊流なのだ。

 しかしまさか、海賊ではあるまい。海賊が出没するような領域ではない。

「空間ソナーに感があります」

 唐突に、今度こそ冷静な調子でユキムラ曹長が発言した。

「十字方向から二隻です。小型船のようですが、反応が微弱です」

 発令所にいるものの視線がメインスクリーンに向かう。

 カメラによる超望遠のリアルタイム映像には、影のように黒い船が近づいてくるのが映っていた。しかし今にも見失いそうなほど背景に溶け込んでいる。

「願ったり叶ったりだな」

 思わずカードがそういうのと同時に、ハンター大佐も「渡りに船だ」と呟いている。二人が視線を交わした時には次の行動は決まっていた。

「できるかね、カード軍曹」

 艦長の質問に、カードは堂々と答えた。

「できないわけがないでしょう。経験だってありますよ」

「なら、やってもらおうか。ザックス軍曹、好きな方を一隻、撃破しろ」

 ザックス軍曹は所在無げにしていたのが、敵の襲来、それも撃っていい相手の出現に、やる気を取り戻したようだ。

「両方、落とせますぜ」

「最終的には三隻ともを航行不能にする。さて諸君、仕事を始めよう」

 了解、と答えたのはカードとザックス軍曹で、他の面々は誰にもわからないようだった。ハンター大佐が呆れたように言う。

「戦いだよ、諸君。何をぼうっとしている?」

 そうでした、とロイド中尉が呟く。

 大丈夫かよ、と思いながら、カードは操舵装置を操作し、最大出力でたった今も接舷しているままの敵艦を引きずるようにして、近づいてくる二隻の方へ、チューリングを走らせ始めた。



(続く)

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