7-6 バカみたい

     ◆


 食堂の一角で、エルメスとロイド中尉は向かい合って食事にありついた。

 しっかりした食事を望んでも、それは保存食が少しだけ調理されている、というレベルでしかない。それでも味付けは工夫されて、飽きない工夫もされている。

 ロイド中尉はすぐに例の戦闘機をブイ代わりにする話を始めた。だいぶ時間が経って申し訳ないけど、と前置きがあった。

「艦長と話したけど、最後の最後までその可能性はない、ということだった。まだ千里眼システムも本格稼働していないし、ユキムラ曹長がどれだけ使いこなすかも、未知数だしね。十六機のサイクロプスは、チューリングに搭載できる限界の数で、ただ、それでも多すぎるくらいだと僕は思っている。たぶん、戦闘機を使う事態はないと思う」

「ユキムラ曹長ですが……」

 思わず声にして、しかし続きが出ない。

 自分は何を言い出そうとしているんだ、とエルメスは素早く自分の心を叱りつけ、無理やりに方針を転換した。

「どれほどの実力ですか?」

「実力? そうか、曹長は発令所にいないからな。でも、空間ソナーの反応を映像化した立体映像は見えているだろう?」

「ええ、はい」

 当たり前のことを聞いてしまった、とエルメスはやはり内心で反省した。

 無人機管制室でも、ユキムラ曹長の感覚を外部に出力した立体映像は、把握できる。

 チューリングの周囲十五スペースを完璧に把握できる索敵管理官など、教導艦隊にもいない。それがユキムラ曹長の脳に埋め込まれた機械によるものであれ、個人的な才能であれ、ずば抜けた技能であるのに違いはない。

「正確度はかなり高いのですか?」

 何も知らない人間のようなことをいう自分を恥じながら、黙っていることのできないエルメスだった。

 ロイド中尉は深く頷いた。

「おそらく、完璧だろう。信頼できる。それは発令所の共通認識だ。ただ、少し敏感かもしれない」

「どういう意味ですか?」

「宇宙基地オスロ襲撃の時、敵が欺瞞物質を搭載したミサイルを炸裂させた。あの時、チューリングはその欺瞞物質を突き抜けて敵を追撃した。その時な、ユキムラ曹長が空間ソナーの感度を落としたんだ」

「雑音ですか?」

 そこはエルメスも教導艦隊の一員なので、欺瞞物質が空間ソナーに悪影響を与えることは知っている。激しいノイズが発生し、周囲の音、つまり感を正確に認識できなくなるのだ。

 ユキムラ曹長は普通の索敵要員とは違う形で、空間ソナーを使う。通常ならノイズにフィルターをかけるが、そんな風にできないのだろうか。

「それでも、柔軟に対応するしかない」ロイド中尉がわずかに口元を緩めた。「僕たち全員が努力するんだ。ユキムラ曹長に全てを任せるのは、違うだろ?」

「その通りだと思います」

 エルメスが頷くと、ロイド中尉も頷き、食事が再開された。

「レイナ大尉が、その」

 再開された食事を、どうしても止めてしまうエルメスは、自分の短絡さにうんざりしつつ、やはり視線を上げたロイド中尉をまっすぐに見た。

「ユキムラ曹長を気にしているようでした」

 言ってしまった、と思ったが、そう思うと逆にすっきりしている自分もいる。そして次には、ロイド中尉の反応に集中している自分がいる。

「放っておけないんだろう」

 ロイド中尉は冷静に、しかしどこか寂しそうな顔をしたので、エルメスの心は図らずもざわついていた。ロイド中尉はしばらく黙って保存食のペーストをナイフでパンに塗り、不意に顔を上げてエルメスを正面から見やった。

「何か、誤解している? 曹長」

「え? 誤解ですか?」

「レイナ大尉は、前も話したように、幼馴染で、士官学校同期で、僕より上の成績で卒業して、僕より早く昇進して、つまり、超えられない壁って奴だよ」

 どう答えることもできず、エルメスは彼を見返していたが、ロイド中尉は今度は困ったような顔になった。

「いつかは追いつきたい、追い越したいとも思うけど、さすがにもう子供じゃないからね、人生っていうのは一筋縄じゃいかない」

 そう言ってから、こいつ秘密だが、とロイド中尉が息を潜めて身を乗り出したので、エルメスもわずかに身を乗り出した。それだけでわずかに胸が高鳴る。

「僕も十代の頃は、レイナに惚れていたよ。でも、あれは高嶺の花だ。手折りに行くほどの度胸は、僕にはない」

 姿勢を元に、内緒だよ、とロイド中尉は器用にウインクした。

 椅子に戻り、しばらくエルメスは考えていた。

 ライバルが、それも一番の強敵がいなくなったのに、それはそっくりそのまま、その強敵を倒す機会を永遠に失った、という状況を意味しているようだった。

 なんてウブなことを考えているんだ、小娘のようなことを……。

 食事が再開され、ロイド中尉はエルメスに戦闘機の人工知能について専門的な質問をして、エルメスは可能な限り噛み砕いて、それを説明した。したはずだが、後になってみると、自分が何を言ったか、思い出せなかった。

 食堂から並んで通路をハンドルで進み、手前にある下士官用の部屋の前で、エルメスはロイド中尉と別れた。

 部屋に入り、他の三人が勤務中なので、自分のベッドに横になり、他に誰もいないことをいいことに、エルメスはブツブツとあれやこれやと文句を呟いた。

 レイナ大尉のこと、ユキムラ曹長のこと、ロイド中尉のこと、そして、自分自身のこと。

 すっきりして口を閉じると、カーテンを勢いよく引いて、明かりを絞る。

 薄い闇の中で、エルメスはロイド中尉が自分に顔を近づけた時のことを思い返し、赤面し、硬い枕に顔を押し付けた。

 まったく、これじゃ本当に、小娘じゃないか。

 エルメスが低い唸り声を上げた時、部屋のドアが開く音がした。

 声を押し込めて、エルメスは寝返りを打つと、雑念の何もかもを吐き出すように深く息を吐いた。

 まったく、バカみたい……。

 こんな時でも眠りは自然とやってきた。




(第七話 了)

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