7-5 秘密の部屋
◆
航海開始から短い準光速航行を繰り返し、その間に会議が何度かあった。
エルメスがロイド中尉と顔を合わせる場面はその会議の場くらいで、あの時の格納庫での会話以来、戦闘機を使い捨てる話すらなかった。もしかしたらロイド中尉が艦長と副長に進言してくれたかもしれないが、エルメスはそれを確かめることもできなかった。
ある時、急に格納庫にユキムラ曹長がやってきた。機械の四肢が彼を運んでいるけれど、足につけられた車輪でゆっくりと走行してきた。その様子に気づいたエルメスは興味深く、その不自由な体の持ち主を観察した。
ユキムラがどこへ向かうのかと思うと、船外活動や戦闘機の離発着の時に管制する要員が詰める小部屋へ向かうようだ。平時でも一人は兵士がそこにいる。
ユキムラが室内に消えて、出てこないので、さすがにエルメスは気になって人工知能への教育が一段落した時、無人機管制室を出て、格納庫を横切っていった。
機械に運ばれるカプセルが消えた部屋を覗くと、当直だろう二等兵の横に、ユキムラ曹長がおり、カプセルからは出られないのだが、形としては管制室にある肉視窓の向こうを見ているようにも見えた。
分厚いドアなので、聞こえるように強めにノックしてドアを開けると、二等兵が慌てた様子でこちらを見た。
「あ、その、曹長、これは」
「別に問題にはしない」
淡々と応じて、身振りで彼を座らせる。ユキムラ曹長の本当の肉体の入ったカプセル、その上に据え付けられたカメラがエルメスの方を見る。
「こんにちは、エルメス曹長」
「ユキムラ曹長、何をしているわけ?」
「ええ、非番になったので、少しだけ外を見ようかと思って。他に外を見れる場所がないようですから、無理を言って、ここに入れてもらっているんです」
外を見る? 確かに肉視窓は大きいが、彼には空間ソナーという常人にはない目があるはずだった。もう一点を指摘すれば、彼は実際の目ではなく、カメラという目でしか、外を見れない。
そして準光速航行中は闇しか見えない。
何かがチグハグだが、理解することもできそうな要素もある。
本当に見たいものは、心で見る、とでも言えばいいのか。
心の目とは、生身の目とか、機械の目とか、関係はないのだ。
実際に見えるとか見えないとかではなく、理解しようとする意図が、重要なのかもしれない。
「邪魔をしてすみません、ごゆっくり」
「ええ、ありがとうございます、エルメス曹長」
エルメスが頭を下げて部屋を出ると、すぐそこに女性の士官が立っていて、びっくりして足を止めていた。相手もドアを開けようとした動きを止めて、目を丸くしている。
誰かと思えば、レイナ・ミューラー大尉だった。チューリングの副長がこんなところにいるとは、物好きなことだ。
「休息ですか、大尉」
黙っているわけにいかず、社交辞令でエルメスが声をかけると、レイナ大尉は同性のエルメスから見ても魅力的な笑みを見せ、「そうよ、曹長」と答えた。
「あなたは仕事中かしら?」
答えづらいことを訊かれ、しかし正直にエルメスは答えた。
「ええ、その、ユキムラ曹長を見かけて」
ピクッとレイナ大尉の口角が震えたように見えた。
「そうなのね。まあ、準光速航行中だから、咎める気はないわ」
ありがとうございます、という意図で頷き、教導艦隊仕込みの完璧な敬礼をしてみせると、レイナ大尉も敬礼をした。それで二人は別れた。レイナ大尉はついさっき、エルメスが出てきた部屋に入れ違いに入ったようだった。
無人機管制室へ戻り、人体工学が応用されたシートに腰を下ろし、端末を再起動した時、やっとエルメスはレイナ大尉の行動について、検討するべきだと気付いた。
ユキムラ曹長とたまたま休憩時間が重なったとして、こんな艦の外れも外れ、大抵の人間が忘れている格納庫まで、わざわざやってくるだろうか。しかもあの管制室へ入っていったのだ。
どう控えめに見ても、ユキムラ曹長が目当てだったとしか思えない。
副長も隅に置けない、などと思うと、わずかに笑いそうになってしまうが、あのカプセルの中の青年は、どう思っているのだろう。
これはエルメスがロイド中尉を素朴に慕っているような状況と比べると、幾重にも困難の城壁に囲まれた要塞を陥落させる、途方もなく困難な思慕に思えた。
エルメスは少しだけレイナ大尉に関するイメージを更新した。見た目は出来る女という感じで、エリート風だが、中身は意外に純真で少女らしいじゃないか。
礼儀としてエルメスはもう例の管制室の方を見ないようにして、三機の人工知能を相手に、空中戦のシミュレーションを繰り替えした。
部下が交代時間にやってくる。エルメスの部下はエルメスが訓練生の中から選び抜いた二人で、どちらも軍曹の階級だった。戦闘機の操縦に関しては、相応の実力を示している。
人工知能に関するレポートをまとめて、それを引き継いでから、やっとエルメスは休息時間に入った。
食堂で何か食べて、休むとしよう。そう思って食堂へ向かう途中で、思わぬ人物と出会った。
ロイド中尉が、あくびをかみ殺すような顔で、発令所の方角からやってきたのだ。
「ああ、曹長、勤務明けかな?」
向こうから声をかけられ、こくりとエルメスは頷いた。
「なら一緒だな。食事だよな、たまには一緒に食べてみる?」
もう一度、こくりと頷くしかなかった。
頭の中でユキムラ曹長、レイナ大尉の姿がぐるぐると巡っていた。
(続く)
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