第7話 恋する乙女

7-1 無表情

    ◆


 エルメス・ローズは唐突に始まったチューリングの任務に、実際はほとんど無関心だった。

 やる気はあるし、責任も感じる。しかし他の任務と同じ、よくある任務だと割り切っていた。

 慌ただしい補修と補給の後、チューリングは宇宙基地オスロを離れて、単艦で航行を開始した。本来的には補助の小艦隊がつくが、後を追ってくるらしい。もっともチューリングが隠れ蓑を使えば、その時にはその小艦隊は邪魔になる道理だ。

 準光速航行が始まって安全が確保されて、やっと管理官全員が集まる会議が開かれ、そこで初めてエルメスは任務の詳細を知った。

「非合法の宇宙基地ねぇ」

 ハンター大佐の説明が終わってからの一言目は、そんなカード軍曹のボヤキのような声だった。

 説明された任務は、連邦宇宙軍が捕捉した地球連邦に登録されていない宇宙基地を密かに監視し、敵性組織の状況を把握せよ、という任務なのだ。

 エルメスは無言で思考した。他のものもそんな様子である。

 非合法の宇宙基地とはどの程度の規模か。先日の襲撃もそうだが、敵性組織とされる何者かは、物質的には充実していると言える。しかも先日の襲撃も、宇宙基地オスロの警戒網をかいくぐる程度には、能力がある。

 そもそも自分たちは何と戦っているのだろうか、とエルメスはぼんやりと思った。連邦宇宙軍とことを構える気概と実力を持つ組織が、この宇宙にいるのだろうか。

 まさか宇宙人か? 他の文明の?

 などと、意味不明なジョークを考え、エルメスは無感情にそんなことを考える自分に呆れ、さっさと忘れることにした。

「ユキムラ曹長」ハンター大佐が声をかける。「この前の襲撃してきた艦の情報は?」

「ええ、あの艦はまだ捕捉しています。ばらまいたチップの内のいくつかが付着していて、それをオスロから発進した観測機が追尾しています。今も引用できますが」

 千里眼システムは便利だな、とエルメスは思いつつ、自分の指揮下の人工知能にもそれを解釈する処理速度と柔軟性があれば、と栓もないことを思った。そんな処理速度があれば、自分は用済みになるはずだった。

「一応、把握しておいくれ。何か質問があるものはいるかな」

 すっと手を挙げたのは、ロイド中尉だ。思わず視線が吸い寄せられるエルメスである。外見的にはわずかに目が細まった程度の変化しかないが。

「敵の技術力をどの程度と見積もっているのでしょうか」

「司令部がか?」

「いえ、その、大佐の直感をお聞きしたいです」

 自分たちの指揮官のことを把握したがるのは兵士にありがちなことだが、今のチューリングでは、ハンター大佐の判断は大きな意味を持つ。

「最大限の警戒が必要だとは思っているよ」

 あっさりとハンター大佐は重大なことを口走った。場の空気が少し緊張する。民間出身のザックス、カードの二人の軍曹も、真面目な顔になっている。ユキムラ曹長は不明。

「オスロを攻撃したのは、狙ってやった以外にありえない。つまり敵は、連邦宇宙軍の船や基地を破壊することも、それに追われることも、逆襲されることも、すべて計算のうちだろう。誰かが絵図面を作り、きっとそれは様々な状況を想定している」

「大佐はそいつを台無しにできると?」

 そうザックス軍曹が聞き返すと、わからないな、とハンター大佐は笑みを見せたようだが、やや伸びている半白のヒゲのせいで目元が笑ったという程度の観察しか無理だった。

「とにかくこの件に関しては、連邦宇宙軍は攻める側ではなく、守る側に立っている。現時点では、だ。どこかで逆転するかもしれないし、もしかしたら我々の任務がその反撃の最初の一撃か、それを呼び込むアシストかもしれない。何にせよ、相手に合わせるのがこちらの初手だ」

「守るのは攻めるよりも難しいですね」

 分かりきっていることをレイナ大尉が口にして、やや場がしらけた気がした。エルメスはちらっと彼女を見たが、特に恥じるようでもなく、何かを思案している顔だ。どうも思考の中の言葉が思わず口をついたらしい。

 この士官が優秀なのはよくわかっている。あまり話したことはないが、総合的な判断力があるのは疑いない。

「そんで」カード軍曹が再び発言。「隠れてこそこそと敵さんの周りを嗅ぎまわるだけでいいのかな?」

「今の指令ではそうなるな。期日が決められているのだからその範囲で、さっさと済ますか、粘るかは選べる」

 その発言もまた場に一石を投じる効果があった。

 ギリギリまで粘って情報を収集するべきだろうが、敵がそれを許すだろうか。誰もが成功を願うが、安全ラインをどこで引くかは、個人の価値観と判断によってばらつきがありそうだ。

 エルメスは、深入りするべきではない、と考えていた。非合法の宇宙基地の座標を確認し、その活動をざっくりと把握したところで、追跡可能なチップでも付着させて、それで離脱すれば事足りるだろう。

「サイクロプスをリンクさせれば、長期間の監視は可能です」

 その声は電子音声だった。ユキムラ曹長だ。

「千里眼システムが、まさに千里眼として機能するということです。それならもしもの時、ブイのいくつかが失われるだけで済むと思います」

「敵に捕捉されて、奪われるかもしれない」

 レイナ大尉がすぐに反論した。

「サイクロプスに搭載されている技術を、あまり敵に渡すべきではないと思うけど」

 彼女の視線とカメラの視線が交錯したようだが、ハンター大佐が割って入るように結論を出した。というか、先延ばしにした。

「とにかく、もう少し近づいてからだ。宇宙基地のおおよその座標は伝達されたが、移動しているだろう。周りに護衛がいれば、それをやり過ごすか、もしくは尻尾を巻いて逃げ出すか、考える必要もある。そうなってから、臨機応変にやるとしよう」

 そんな具合で、最初の会議はただの情報共有と、考えておくべき宿題を出す形で終わった。

 会議室を出て、普段から待機している格納庫に隣接の無人機管制室へ向かう。

 後ろから足音が追いかけてきた。

「エルメス曹長」

 その声が聞きたい人間の声ではなく、どうでもいい人間の声だったので、エルメスは無表情に振り返った。

 どこか腰の低い中年男のウォルター中尉がそこにいた。



(続く)

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