7-2 格納庫での会話

     ◆


 中年の機関管理官は堂々と格納庫まで付いてきたが、そこに辿り着くまで延々と世間話を続けられて、エルメスは戦略的に相槌を打つのに徹した。

 格納庫で、彼は無人戦闘機フライフィッシュのところへ行き、目視で何かを確認し始めた。もっともそれは全ての戦闘機の整備士がはじめにやることだ。基礎の基礎で、これは操縦士も頻繁に行う。

 ただ、まだここにある三機のフライフィッシュは実戦では使われていない。

「いい機体だな。ただ、名前がジョークとしか思えない。スカイフィッシュの簡易版なんだから、別の名前があっただろうに」

「名前なんてどうでもいいですよ」

 ボソッと答えるエルメスに、嬉しそうにウォルター中尉が振り返る。

「そりゃそうだ。名前で敵がいなくなるわけじゃない。本題だが、機関部員から二人をこっちに回して、整備担当者にする。スカイフィッシュをいじったことのある奴がちょうど二人いてな。適任だと思うけど、どう?」

 友達を紹介するような口調だが、これが彼の人格だろうと割り切って、お願いします、と答えておいた。ほとんど息が漏れるような声だったが。

 ウォルター少尉がさらに何か続けようとしたところで、格納庫に誰かが入ってきた。

 その人物を見て、図らずもエルメスは姿勢を正していた。

「話の最中だったかな」

 そういったのは、ロイド中尉だった。ウォルター中尉が敏感なのか、それともエルメスが露骨すぎたのか、何かを感じたようで、「さっきの話の通りにするよ」と手を振って、その場から離れていった。

 不愉快なことに、歩き方がどこかふざけているように見えて、その背中を睨んでしまうエルメスである。

「ありゃなんだ? 何の話をしていたのか、聞いてもいいかい?」

 エルメス同様、不審げにウォルター中尉を見送ったロイド中尉に、エルメスは内心とは裏腹に、淡々と答えた。

「ふざけてるんだと思います。話は、フライフィッシュに詳しい整備士を二人、機関部員からこちらへ回す、ということでした。何か問題があるでしょうか」

 フライフィッシュの整備は機関部の受け持ちで、つまり責任者はあのウォルター中尉だ。ただ、階級としてはロイド中尉が同格とはいえ、管理官の系統では上である。形の上でも、確認しておくにことはない。

「いや、問題ないよ。連邦宇宙軍も自律操縦管理官にまだどれほどの権限を与えるか、実際的な細部までは決めていないようだし。いずれは専属の整備士もつくと思うけど、今はよそから人手を借りるしかない」

 ロイド中尉の言葉は事実だった。

 自律操縦管理官は、リアルタイムで人工知能の自律飛行を監督する役職で、まだ設立されて間がない。一桁の番号が与えられる近衛艦隊でも実験段階と言わざるをえないのだ。

 管理艦隊はその性質上、近衛艦隊とほぼ同時に自律操縦管理官を設置したが、その性質とは単に無人戦闘機の出番が多い、という露骨な理由によった。しかも自前で技能者がいないので、教導艦隊から人員を借りている有様だ。

 その一環として、エルメスがチューリングに乗っていることになる。彼女も下士官ながら、教導艦隊の所属だった。

「本題だけど」

 ロイドが真面目な表情になり、話し始めたので、エルメスはその顔をじっと見た。

「ユキムラ曹長が操るサイクロプスが十六機、この船には搭載されているのは知っているよね。これは艦長と副長が考えている、もしものプランなんだけど、フライフィッシュにもサイクロプスの中継装置の役割を与えるかもしれない」

 理解するのに半秒ほどが必要だった。

「宇宙空間に置き去りにするのですか?」

 思わず声にトゲがある自分にエルメスは気付いた。気づいたが、謝罪しようとは思わなかった。

 自律操縦管理官は人工知能を教育し、導いていくのが主な任務だ。そして戦闘機は、そんな人工知能の仮初めの肉体である。仮初めとはいえ、体は体だ。

 人工知能の中枢がチューリングにあるとしても、彼らから体を奪うのには引け目を感じるエルメスだった。

 不意に、教導艦隊でエルメスを指導していた大尉の言葉が脳裏で弾けた。

 機体は消耗品だ。潰すなら有意義な方法で潰せ。

 お前は甘い。もう少し冷酷になれ。

 その言葉が胸のうちで反響し、心がすっと冷え込んだエルメスを、ロイド中尉はどうやってか気づいたらしい。

「あまり乗り気じゃなさそうだね。とりあえずは、僕は反対の立場ということにしておくよ」

「味方してくれるんですか?」

 反射的にそんなことがエルメスの口をついて出たが、これじゃあまるで子供の喧嘩だ、と恥ずかしくなった。恥ずかしくなっても、逃げるところもない。エルメスはわずかに視線を下げ、無表情の防壁をより引き締めていた。

「味方も何もないけど」

 その時、笑いながらロイド中尉がエルメスの頭に手を置いた。

「とにかく、最善を尽くすのが軍人のやり方だ。わかるよね、曹長?」

 ややどもりながら、もちろんです、と答えると、ロイド中尉は彼女の頭から手を離した。

 その後にロイド中尉がどんな言葉を口にして去っていったか、エルメスには記憶がなかった。

 ただ動悸は激しく、冷や汗が流れていた。



(続く)

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