6-6 冒険

     ◆


 自走機雷の隙間は巧妙に計算され、仮に二隻では通過できない幅だった。誘いなのだ。

 一隻ならねじ込めるそこへチューリングは器用に入り込み、艦首を捻り込むように安全地帯をすり抜ける。まるで機雷の動きを読んで避けるような機動だった。

 対応した自走機雷が置き去りになるが、ただ、これは敵も想定しているはずだ。

 むしろ今、チューリングは前方に敵艦がいる状態で、後方を自走機雷に塞がれている。

 失敗したかな、とハンターは少し後悔した。だがもう遅い。

 メインスクリーンに警告の表示が出る。循環器の脈拍異常。ついでに血管の一部でエラーが表示されている。ロイド中尉がすぐに補正に入るし、機関室ではウォルター中尉が必死になっているはずだった。

 とにかく、敵を退ければ、どうとでもなる。

 ついに敵艦が前方に現れるが、ほとんど広大な宇宙の真っ暗闇と同化するほど、真っ黒く塗装されてる。それもただの黒ではなく、不自然ななめらかさの黒だった。

「敵艦からミサイルです」ユキムラ曹長が冷静に報告。「まっすぐです」

「撹乱が目当てではないかと思います」

 素早くレイナ大尉が口を挟む。ハンターもそれには気づいていた。

 決断するには時間がない。

「避けられますぜ、艦長」

 カード軍曹がたった今も操艦を続けながら、発言。それに「撃ち落とせるけどな」とザックス軍曹も同調する。やれやれ、やかましい管理官たちだな、とハンターは危うく首を振りかけた。

 しかし今はそんな暇もない。

「ザックス軍曹、ミサイル発射管の一番と二番にシグナルチップ弾頭を装填し、発射準備」

「アイ。生ぬるい事で」

「後々になれば、撃破数を稼げるぞ」

 思わず言い返すと、そいつは楽しみだ、とザックスが答えつつ、端末を操作し終わる。

「装填しました」

「では、発射だ。カード軍曹、敵のミサイルを避けてみせろ。ユキムラ曹長、情報を回してやれ」

 それぞれから返事があり、チューリングからミサイルが二発発射される。それがメインスクリーンの中で、かなり離れているものの、敵のミサイルとすれ違ったようだ。

 今度はカード軍曹がユキムラ曹長からの情報を元に、敵のミサイルを避けるような軌道を取る。

 本来的にはミサイルは自律的に標的を狙うが、宇宙空間であるがために、繊細な追尾が不可能である。大抵のミサイルは命中せず、最も効果が出ると人工知能が判断した座標で自爆するものだ。

 まさに、敵からのミサイルがチューリングの至近で爆発した。

 真っ白い煙のようなものが広がり、急速に迫ってきたその膜がチューリングを包み込む。

「ノイズが酷くて、敵艦を見失いました」ユキムラ曹長の声はいつになく苦しげだった。「感度を下げていいですか? 艦長。目が回りそうです」

「それでいい。ザックス軍曹、こちらのミサイルは?」

「遠隔操作が不可能になった。自律攻撃で、予想される炸裂まで三、二、一、今」

 その報告があってもメインスクリーンは薄い靄に包まれ、その向こうで何かが瞬いただけで、とてもミサイルの炸裂とは思えなかった。

 その間にもチューリングは高速で前進しており、程なく靄を抜けた。

「ユキムラ曹長、敵艦は?」

「準光速航行で離脱していきます。マークしてあります」

「ザックス軍曹、後方の自走機雷はどうなっている?」

「健気に追いかけてきてますよ。粒子ビームで破壊していいですか?」

「良いだろう。カード軍曹、うまく合わせてやれ」

 それから二人の下士官が射的の屋台か何かで標的を狙い撃ちするように、自走機雷を全て破壊した時には、オスロから出撃してきた小艦隊が宇宙基地の周囲を索敵し、本当の安全を確認していた。

 やっと落ち着いてきて、レイナ大尉がオスロに駐留していた管理艦隊の第四分艦隊の司令部とやりとりしている横で、ハンターはノイマンを探した。

 あの艦が今まで何をしていたのか、純粋に気になった。反撃もせず、まさか破壊されていないだろうな、と思ったのだ。

 メインスクリーンの一角に、ついさっきまでノイマンが係留されていた桟橋がある。

 しかしそこにノイマンの姿はない。チューリングがやったように、強引に係留装置を破壊したようでもない。

 レイナ大尉が話し終わったところで、ハンターがモニターの向こうの准将の副官である少佐に声をかけた。

「ミリオン級がいたはずだが、どこに行ったかな」

「彼らには彼らの任務があります。中佐殿、あまりお気になさらず」

 どいつもこいつも、猫をかぶってやがる。そうは思っても、ハンターは柔和な笑みを見せ、しかし即座に通信を打ち切った。

 その当のノイマンが係留されていた桟橋に接舷し、係留装置に固定されてから、管理艦隊第四分艦隊から再び通信が入り、オスロの中で戦闘に関しての報告をせよ、とのことだった。ハンターはカード軍曹を指名し、レイナ大尉と彼を伴ってオスロへ移動した。

 チューリングはすでに整備が始められている。宇宙ドッグほどではないが、それぞれのストリックランド級宇宙基地には艦の補修や整備が可能な装備がある。人員もだ。

 ぼやき続けるカード軍曹とともに会議に参加し、報告はほとんどレイナ大尉がした。ハンターは会議に出席している面々を観察するのに終始していた。第四分艦隊の司令部の数人と、艦長たち。どことなく疲れている雰囲気が滲んでいる。

 報告が終わり、第四分艦隊司令官の准将がやおら、ハンターの方へやってきた。五十を超えているだろうその初老の男も疲弊して見えるのは気のせいじゃないな、とハンターは間近で観察できた。

「ハンター中佐、君はたった今、大佐に昇進した。正式にミリオン級潜航艦一番艦チューリングの艦長とする。この命令書を、所定の時刻に開封するように」

 差し出された機密情報を入れる筒を受け取り、ハンターは敬礼をした。さすがにカード軍曹もこの時ばかりは、ほどほどに敬礼した。

 これが計画の通りの展開かは知らないが、ハンターは本当にチューリングを指揮することになった。この時まで、何かがきっかけで覆るかもしれない、とやや偏向した期待のようなものを抱いていたハンターだが、その妄想は現実にならなかったことになる。

 もっとも、これだけの乗組員を用意して、ハンターが外れるわけもない、とも思っていたが。

 チューリングに戻り、幸いにも艦の状態は全く問題ないと報告を受け、艦長席でハンターは時間を待った。

 メインスクリーンで、所定の時間の到来がわかった。

 彼の手元で、金属製の筒が小さな電子音を立て、ロックが外れる。

 中に入っている書類を取り出す時、無意識にハンターは唇を舐めていた。

 冒険の始まりか。



(第六話 了)

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