6-4 姉妹艦
◆
試験航行は五日間の日程で、向かう先は管理艦隊が配置しているストリックランド級宇宙基地の一つ、オスロだった。
このストリックランド級宇宙基地は、カイロ他二隻のホールデン級宇宙基地よりも小さく、そしてより土星方面に近い座標に配置されている。前線基地の位置付けだ。
全部で六隻が運用されており、それぞれ、ボン、バンクーバー、キエフ、リマ、テヘラン、そしてオスロである。
無事に五日間で必要な試験の全てを終えて、チューリングはオスロを遠望する位置までやってきていた。
「あれ?」
急にユキムラ曹長が呟いたので、その場の全員が彼の方を見る。ザックス軍曹、カード軍曹、ロイド中尉、レイナ大尉、そしてハンターだ。
「面白い艦がいますよ。映像を引用して合成します」
そのユキムラ曹長の言葉の後、メインスクリーンの手前に宇宙基地オスロに接舷している、一隻の船が立体映像で表示された。
「これって……」
レイナ大尉が呟き、カード軍曹が口笛を吹いた。他はみんな黙っているが、視線は立体映像にだけ向いていた。
その映像に映っている船は、どこかチューリングに似た輪郭をしている。細部で異なるものの、同じコンセプトを感じる。装甲の色合いすらも似ていた。
「ミリオン級潜航艦だな」
ハンターが結論を口にすると、ユキムラのカプセルの上のカメラが彼の方を向く。補足するつもりになったのは、ハンターなりのサービス精神だった。
「ミリオン級は三隻が建造された。あれは二番艦のノイマンだろう。しばらく前に帰投したはずだが、どうしているかは聞かなかったな。秘密裏に改修したんだろうが、チューリングより短い時間で済ませたらしい」
「データを取っていいですか?」
ユキムラ曹長の控えめな言葉に、もちろん、とハンターは頷いてみせた。ユキムラ曹長はすぐさま、映像を加味し、ノイマンの様子を探り始めたようだった。
「秘密任務についていると思っていました」
そっとレイナ大尉がハンターに耳打ちする。ハンターも囁き返した。
「管理艦隊には何重にもカーテンがあるのさ。どこに何が潜んでいるか、私たちにもわからんということだな」
「連携が取れません」
「ミリオン級は連携など度外視しているから、その指摘はどこかの誰かが、運用の方針を決める段階で出すべき疑問だよ。そしておそらく、出ただろう。誰かが何か反論して、連携の必要性の否定を退けられなかった結果が、ミリオン級の実在によって証明できる」
不愉快です、とレイナ大尉が低い声で囁いて、姿勢を元に戻した。
そのまま何事もなく、チューリングもオスロの係留装置に接舷し、すぐに生活に必要な物資の積み込みが始まった。燃料液の入れ替えも始まる。当然、循環器は停止したが、こちらもオスロからエネルギーが供給されている。
手続きが全て完了し、やっと発令所から管理官たちは離れられるが、その前にちょっとした悶着があった。
「隣の船と連絡を取りたいんだが」
そうハンターがオスロの管制担当者に話すと、メインスクリーンの小さな窓の中で、その担当者は顔をしかめた。
「それはできません、中佐。特殊な任務の最中です」
「少しくらいいいだろう」
「我々とも最低限の交流しかないのです。中佐、どうか、お聞き入れください」
ハンター中佐はこれ見よがしにレイナ大尉を振り返ったが、レイナ大尉も慣れたもので、目を丸くして口を開けて見せる。ご勝手に、か、呆れた、か、そんなところの返事に代えたんだろう。
少し考え、ハンターは深入りしないことにした。そんなどうでもいいことに拘っている前に、乗組員を少し休ませるべきだ。
総員に十二時間の休息を命じて、発令所からも管理官たちが出て行く。
それでも最後に残ったのは、ハンター、レイナ大尉、そしてユキムラ曹長だった。
「何か分かったかな? ユキムラ曹長」
「内部は知りませんが、推進装置はこちらと同じです」
もちろん、それはノイマンに関する情報だ。他にもユキムラ曹長は、装甲のバージョンもおそらく同一、と説明した。さらには、千里眼システムは搭載していないようで、多機能高性能ブイのサイクロプスは搭載されているように見えないとも報告した。この点に関しては、装甲内に隠している可能性もあるが、ハンターはあえて深入りしなかった。
「ユキムラ曹長、少し休むといい」
「いつも休んでいるようなものですが、席を外します」
機械の足が数段の階段を上がり、あとは車輪の回転でカプセルを運び始める。何か話でもあったのか、ハンターに一礼したレイナが彼を追いかけて行った。
発令所に一人きりになり、メインスクリーンの中に、すぐそばに係留されているノイマンを拡大して表示する。
いったい、どういう任務についているのだろう。
チューリングはまだはっきりとした任務を告げられていない。ハンターを登用したことから、推進装置と循環器のテストも兼ねた任務が予想されたが、こうしてノイマンに同じ推進装置が積まれているとなると、そのテストがチューリングだけのものではなく二隻を使ってテストするのか。
いや、チューリングとノイマンの二隻で試験する可能性は馬鹿げている。ここは企業の試験場ではなく、軍隊が活動する戦場だ。物見遊山でもここまでは来られない。
では、ノイマンにはノイマンの任務がある?
そしてチューリングにはチューリングの任務があることになるのか。
しばらくハンターは考えていたが、答えは出ない。せめて向こうの乗組員と話せればいいのだが、先ほどの管制担当者の様子では、向こうはもしかしたら乗組員を下ろしさえしないかもしれない。
ゆっくりとハンターは立ち上がった。少しはオスロでまともな食事にありつこう。
瞬間、警報が鳴り、赤い光が明滅し始めた。
視線は瞬間も必要とせずメインスクリーンを睨んでいた。
(続く)
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