6-3 再びの宇宙へ

     ◆


 試験航行はチューリング一隻だけで行われ、それは機密保全という意味が、何よりも大きな意味を持っていた。

 それが自律操縦管理官のエルメス曹長に想像以上の負担を課したわけだが、ハンターとしては耐えてもらうしかなかった。

 格納庫に予備の部品の代わりに大量に積まれた試験航行用の機材が、次々とエルメス曹長の指示を受けた無人外骨格や無人戦闘機によって、宇宙へ放り出されていく。

 この機材が様々な信号を発して、時には射撃の標的になり、時には仮想の敵艦となる。チューリングはそれを索敵、撃破、追跡していく。

 ユキムラ曹長も負担は大きいようにハンターには見えた。訓練で使ったものよりもわずかに高性能な空間ソナーをチューリングは試験的に搭載しているので、まだ不慣れなのだ。

 彼には本来の感覚がない。その分、空間ソナーに馴染めそうなものだが、空間ソナー自体が変わっていくことは、本来の人間でいえば、肉体が変わっていくのようなものかもしれなかった。人間は体を乗り換えることはできないし、それがどれほどの違和感かは、想像しても、おそらく正答は出ないであろう。

 二人の犯罪者出身の管理官、ザックスとカードは好調なようだ。この二人は訓練の時から瞬間的な連携に特殊なもの、一味違うものがあった。

 訓練艦での最後の訓練で、ミリオン級と同程度の能力の艦を設定した模擬戦闘を行ったのは、ハンターとレイナ大尉の発案だった。

 すでにチャンドラセカルから、敵に捕捉される可能性があることは聞いていたし、その前にも、敵性勢力が奇妙な隠蔽技術を開発している、という情報があった。

 敵がミリオン級と同程度の能力の艦を運用することが、絶対にありえない、とは言えないというのがハンターとレイナ大尉の意見だった。

 そしてそんな艦があるとすれば、連邦宇宙軍はより危機感を持ち、実際的に対処する必要があるのは、普通の理屈だ。

 ハンターとレイナ大尉は宇宙軍全体の運営からは遠い。つまり微力しか持たない二人が直面するのは、危機感とかそこからの計画とかではなく、実際の目の前での戦闘であり、しくじればそれで終わり、宇宙のゴミになるだろう事態であることは疑いない。

 訓練艦カワバタの例の訓練では、ユキムラ曹長の参加を意図的に外さざるをえなかったのは、ハンターとしては気がかりだった。ユキムラ曹長の能力があれば、先制攻撃を受けても、その後により的確な反撃ができたはずだ。

 そこを無理やり、ザックス軍曹とカード軍曹に任せ、ロイド中尉に補助させた。ウォルター中尉は後詰で、あの時は機関部員の訓練生が不甲斐なかったので、ウォルター中尉が手を貸したのは、不可抗力というしかない。もっともそれで、ウォルター中尉としては使えない訓練生をふるいにかけることはできただろうが。

 訓練の初期の段階で、ユキムラ曹長が感じ取っている周囲の状態を、立体映像化して発令所に展開するシステムの動作試験が行われ、これにはその場にいた全員がそれぞれ感嘆の息を吐くことになった。

 周囲十スペースに何があるのか、完璧に表現されている。準光速航行中の船が点滅しつつ火星方面へ消えていくのは、まるで流れ星である。

 循環器は至って順調に稼動し、どこにも不具合はない。そこでスネーク航行の試験も行われた。推進装置を待機モードにして、艦は自らの中を流れるエネルギーで動き出す。

 一度、激しく船体が軋んだ時、思わずハンターは目を細めていた。しかしそれきり、また無音に戻り、メインスクリーンの中では速力も表示され、画面の中では遠くに見える星がゆっくりと動いている。

「艦長」ユキムラ曹長からの発言。「千里眼システムを試験していいですか?」

「ああ、許可する。もしかして今、この艦が周りからどう見えているか、知りたいのか?」

「ええ、はい。どれほどの残滓が残っているか、確認したくて」

 やってみてくれ、と指示を出すと、ユキムラ曹長が思考から直接にシステムに働きかけ、千里眼システムが起動した。

 これは本来、チューリングに搭載されている十六機のサイクロプスからの情報を総合的に統合するシステムなのだが、技術者が欲を出したのか、権限さえあればおおよそ全ての連邦宇宙軍の艦船、宇宙基地、観測衛星、果ては宇宙望遠鏡まで、ネットワークに繋がっている全ての観測装置から、情報を引用できる。

 ユキムラ曹長は素早く、三隻の艦船に搭載されている空間ソナーからの情報を集め、解釈したようだった。

「ほとんど残滓はありません。見事です」

 それがユキムラ曹長の感想だった。気を利かせたのか、メインスクリーンの手前に立体映像が浮かび、それはチューリングを中心に描写され、その艦の外観の周囲は真っ暗だ。

「千里眼システムの具合はどうだ?」

「ええ、電子頭脳のサポートもあるので、問題ありません」

「全部でどれくらいを動員できる?」

「観測装置の数ですか? 基本的なシステムの限界は四十八になってますが、処理速度としては余裕があると思います。ただ、破綻するのは確かに怖いです」

 四十八という数字でも大きすぎるくらいにハンターは感じた。

 チューリングは自身の目の他に、四十八の別の目を持っていることになる。

 こうして試験航行は何も問題なく、進んでいった。



(続く)

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