6-2 昔馴染み
◆
その話を聞いた時、危うくハンターは紙コップを取り落としかけた。
「船を降りた? 艦長がか? なぜ?」
「知らないな。あまり知りたいと思えない」
冷静な様子のイアン少佐をまじまじと見てから、ハンターは思考を巡らせた。
チャンドラセカルの艦長である大佐は民間出身だ。それが理由だろうか。おそらく連邦宇宙軍で最年少の大佐だし、艦長だった。栄光は約束されていたはずだ。
何かが重荷になったのだろうか。
「どのような方ですか、その方は」
同席しているレイナ大尉の言葉に、イアン少佐は視線を斜め上に向けた。
「冷静で、常に余裕がある。取り乱すことがない。泰然自若、とも言えるかな」
なんとなく人柄がわかりそうなものだが、今の表現では戦士のような側面は見出せそうになかった。
ハンターは気持ちを切り替えた。本当に能力があり、そして責任感があれば、また会う機会もあるだろう。
「それよりハンター、あんたがチューリングを引き受けた理由は?」
途端にラフな調子になったイアン少佐に訊ねられ、ハンターは首を振った。
「押し付けられたのさ。チューリングがチャンドラセカルほど評価されていなくてね。全面的に改修されて、今度の航海で結果を出さなかったら、それまでってことらしい」
「あんたよりも優秀な軍人はいるはずだが」
「その通り。しかしこれでもあんた同様に、長く機関士をやってきてね、それが作用したらしい。チューリングの循環器と推進装置は、チャンドラセカルの次の世代のもの、おおよそ新型だ。それの面倒を見れる奴が私以外にいなかったらしい」
実はハンターとイアン少佐は三十年来の友人だった。
どちらも早く軍隊に入り、機関部員として訓練と任務を繰り返してきた。自然と顔をあわせるようになり、そのうちに意気投合するのは避けられないことだった。
時期的にはほぼ同年の二人が三十歳になろうかという時、まったく新しい機関として循環器が登場した。今よりもはるかに巨大で、複雑な構造を持っていたがために、整備に尋常ではない手間がかかるのと同時に、整備技能の持ち主が即急に必要になった。
それにハンターもイアン少佐も選ばれ、これが連邦宇宙軍でのちに「恵まれた老人」と呼ばれる世代に当たる。
循環器の最初期を知り、その発展とともに軍歴を重ね、循環器という特殊なシステムを知悉している世代のことだ。
二人ともが厳しい訓練を時に協力し、時に意見をぶつけ合い、乗り越えてきた。ちなみに今でも当時の機関部員で同窓会をすることがある。揃って全員の顔にシワがあり、髪の毛は色が抜けたり薄くなり、手は節くれ立っている、という有様だった。
「ミリオン級はスネーク航行が大きな意味を持つ」
コーヒーをすすりながら、イアン少佐が言う。
「あれは非常に便利だが、装甲との兼ね合いが難しい。知っているな?」
「知ってるよ。シャドーモードの耐久力の件だな。今の装甲は第二世代だから、少しマシだよ」
それからイアン少佐はハンターに、チャンドラセカルの艦長が、機関をほとんど停止させ、宙を漂流して敵をやり過ごした話を笑い話として披露した。ハンターも笑うしかないが、性能変化装甲はそこまで高性能なのだと、実感が湧いた。
何かの折に、こういうジョークが役に立つこともある。
それからは細々とした雑談になり、下士官がイアン少佐を呼びに来たので、会話は終わった。
「実は中佐に昇進するが、あんたは大佐だろう?」
休憩室を出る時、イアン少佐がそんなことを言う。彼が階級を気にするのは珍しいことだから、冗談だろうと当たりをつけた。
「お互い、階級が上がっても、後に控えてるのは退官だよ」
ハンターがそうやり返すと、違いない、とイアン少佐は笑い、そして二人は別れた。
「あの方がチャールズ・イアン少佐なんですね。報告書で読みました」
チューリングへ戻る途中でレイナ大尉が控えめな口調で言った。
「チャンドラセカル、というか、ミリオン級の建造に関わった方だとか」
「階級は私の方が上でも、あいつの方が実績も能力も上ってことさ」
飄々とそんな言葉を返し、二人はもう何も言わずにチューリングの元へ戻った。そこがハンターが責任を果たす場であり、言ってみれば戦場だった。
発令所に戻ると、それぞれの管理官が各所とまだ仕事を続けている。艦長席で、ハンターは進捗を確認した。
訓練は徹底されているので大半の作業は動作確認と、設定の微調整になる。設定に関しては宇宙ドッグの中ではなく、試験航行の中で確認する必要があるが、今、手を抜いていい理由にはならない。
艦運用管理官のロイド中尉からいくつかの確認事項が伝達された。
これは他の艦にも搭載されるが、三機の小型戦闘機フライフィッシュが格納庫に搭載され、今、整備部門も兼ねる機関部員の班がそれを整備し始めているという。指揮を取っているのはエルメス・ローズ曹長。教導艦隊から引き抜いた形で、若いが能力はある。
他には、サイクロプスと命名された多機能高性能ブイも、搭載が完了され、動作確認中だという。こちらは索敵管理官のユキムラ曹長の受け持ちだ。
「ユキムラ曹長、どんな具合かな」
「ええ、ちょっとまだ、完全な同期には自信がありません」
困惑気味の声に、ハンターは「大丈夫だ」と励ますように応じた。
「試験航海のカリキュラムに組み込まれている。あまり緊張するな」
ええ、はい、とユキムラが小さな声で応じる。誰でも不安はつきものだ。ましてや彼はこれが初仕事でもある。ハンターはそう解釈し、その後も管理官たちが仕事を進める様を観察した。
その翌日、チューリングは宇宙ドッグを離れ、宇宙空間へと漕ぎだした。
最初の航海を短い期間で終えてから、二年を大きく超えた、長いというよりない時間が過ぎていた。
その代わり、チューリングはまったく新しい姿になっていた。
蘇った。もしくは、生まれ変わったのだ。
(続く)
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