第6話 冒険の始まり

6-1 集結

     ◆


 宇宙ドッグであるフラニーに到着して、まずやったことは乗組員の顔合わせだった。

 ハンターが選び抜いた下士官たちはそれぞれに部下と対面し、話し合いを始めている。ハンターはその様子をレイナ大尉と並んで眺めていた。

 特に気になるのはユキムラと彼の部下になる兵士たちで、兵士たちは揃って、奇妙な自分たちの直接の上官に疑り深い目や好奇の視線を向けている。

 それもそうだろう。ユキムラはカプセルの中で眠っているように見え、動いているのは機械の四肢であり、声も電子音声がスピーカーから発せられているのだ。

 それでも彼は機械の手で部下の一人一人と握手をしていた。それはそれで面白い光景ではある。ハンターはユキムラがうまく仲間をまとめられそうだと、確信が持てた。

 その顔合わせが終わって、やっと全乗組員がチューリングに乗り込む。ハンターが発令所に入ると、すでに各管理官が自分のブースで仕事をしている。

「全員、耳だけ傾けてくれ」

 艦長の席に座ってハンターは声をかけた。

「こいつはまだ内定だが、この場にいるものには階級のないものが三人ばかりいる。で、その全員を連邦宇宙軍は正式採用し、階級を与える。いきなり下士官だぞ」

 ザックスとカードが視線をぶつけ合う。この二人は仲がいいのか、それとも悪いのか、よくわからないのがハンターの主観だったが、しかし揉め事を起こしたりはしないあたり、さすがに海千山千の経歴ではあった。

「ザックス・オーグレイン、そしてカード・ブルータスは軍曹となる」

 もう一度、当の二人が視線をぶつけ、肩を竦めあっていた。

「ユキムラ・アート、君は曹長だ」

「え? 僕だけですか?」

 電子音声には戸惑いの色が濃い。それを払拭してやるように、ハンターは深く頷いた。

「君の能力に見合った階級だ。発令所での序列も階級に従う。私、レイナ大尉、ロイド中尉、その次に指揮権を持つのが、ユキムラ曹長とする」

 そいつは良いや、とカード軍曹が呟く。ザックスがバンザイして見せた。

 それからしばらくは艦の状態を把握するのに、細々とした指示が発令所内、そして艦の各所を行き来する時間になった。

 メインスクリーンに呼び出しマークが出て、すぐに繋がる。画面にはウォルター中尉が映っていた。

「こちらは機関室です。いつでも循環器を始動できますよ」

「わかった。ロイド中尉、準備はいいかな」

「もちろんです、艦長」

 ハンターは一度、無言で頷き、ロイド中尉に指示を出した。

「機関始動だ」

 ロイド中尉が各所に指示を出し、発令所のメインスクリーンに表示されている循環器に関する表示が休眠から始動へ、始動から通常運転へと変わる。

 脈拍は四十を超え、五十を超える。ロイド中尉から、フラニーからのエネルギー供給をカットする旨が宣言される。脈拍、さらに上昇、七十五で安定する。巡航出力。

 不安などないはずが、ハンターはじっとその表示を見つめた。数字は変わらない。

 どうやらチューリングは無事に蘇ったようだ。

 端末の受話器を取り、全艦に通達を出す。

「こちら艦長のハンター・ウィッソンだ。訓練航海は明日の予定だ。今、確認できることはしておくように。あまり派手にいじって、壊すなよ」

 通信を切ってから、ハンターは早々に席を立った。

「レイナ大尉、ついてきなさい」

 不思議そうな顔をしながら、頷いて彼女がハンターの後を追ってくる。

 一度、艦から降りて、ハンターは壁で仕切られている隣のドッグへ向かう。ちなみにこの宇宙ドッグはもしもの時のために、八カ所あるそれぞれのドッグに推進装置が付けられており、分離して避難が可能になっている。しかし使われたことは一度もない。

 隣のドッグへ厚い壁を抜けて入ると、途端に人いきれが増した。

 ドッグの真ん中で、たった今も、一隻の船が改修の最中だった。

「これは」レイナ大尉が呟く。「ミリオン級ですか? もしかして……」

「そう、こいつがチャンドラセカルだ」

 ハンターは作業員の邪魔にならないように移動しながら、その船をつぶさに観察した。

 データで見たとおり、優美な輪郭をしているが、今はほとんどすべての装甲が取り払われている。フレームを見ただけでもその美しさに気付けるのだ。装甲があればさらに感動しただろう。

 フレームも一部では取り外され、おそらく歪みか破損があったのだと推測できた。

 二年近い航海を続けたのだ。しかも敵勢力の支配圏内で、ほとんど単艦でだ。

 まだ半年も過ぎていないが、敵性勢力、おそらく土星を根城にする武装組織が運用する、移動可能なレーザー砲台の攻撃を受けたと、ハンターも聞いている。電子頭脳のサポートで逆襲したことも聞いていた。

 しかしもしハンターがチャンドラセカルの艦長だったとして、そこまで上手く立ち回れるかは、全く自信がなかった。

 情報の上では、レーザー攻撃に、装甲を即座にミラーモードにして最小限の被害で抑えたというが、レーザー攻撃を予見することは不可能なのだから、攻撃を受けてから対処法に気づいたことになる。

 不思議な指揮官ではある。いい目をしているし、嗅覚も鋭いということか。

 ぜひ一度、会ってみたいものだ。ハンターがそう思った時、士官の制服の男性がハンターの方へ足早にやってくる。

「チャールズ? チャールズ・イアンか?」

 思わずハンターも歩み寄ると、初老のその士官はハンターの前で穏やかな笑みを見せた。

「久しぶりだな、ハンター。なんでも大任を引き受けたとか」

「あんたほどじゃないよ、チャールズ。チャンドラセカルの副長は大変だっただろう」

 チャールズ・イアン少佐は、そうでもないな、と答えて、すぐそばのチャンドラセカルの方を見た。

「いい船だし、いい艦長を得た」

 話を聞きたいね、とハンターが促すと、コーヒーでよければ、とイアン少佐はハンターを促す。レイナ大尉はまだ事情が分からず、しかし艦長についていくべきだろうと考えたようで、ハンターを追ってきた。

 ハンターは頭の中にある質問事項を整理しながら歩いた。



(続く)

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