5-4 引っこ抜く

     ◆


 ハンター中佐がフラニーの一人でやってきて、チューリングの様子を確認していった。

 すぐそばにくっついて、現場の責任者の代表としてウォルターが解説した。

「緊急時の手順な、あれでいいぞ」

 機関室に入った時、いきなりそう切り出されて、ウォルターは、ええ、はい、などと答えるしかなかった。ハンター中佐は嬉しそうな笑みを見せている。

「推進装置を今からいじるのも骨だろう?」

「親方には敵いませんよ。それでも努力はしました」

「セッティングを変えたのか?」

「全体に影響がない範囲で、ということになりますが」

 いいだろう、とハンター中佐が頷く。そしてさりげなく、他のものを部屋から出してウォルターと二人だけになる。大事な話ってことだ、とウォルターは心の中で即座に身構えた。

「チューリングの機関部員をどうするか、思案しているんだが、どう思う?」

 静かな口調で訊ねられ、ウォルターは今まで一緒にチューリングをいじっていた技術者たちの顔を思い浮かべた。

「前の乗組員で、腕が確かな奴はいますけど、少し数が足りないですね。僕たちと関係のある奴らを呼びたいですが、親方の権限でどうにかなりますか?」

 それがなぁ、と老人はヒゲがたっぷり生えている顎を撫でた。

「発令所の要員にだいぶ無理を通して、やりすぎている感があるんだ。もちろん、人事に関しては管理艦隊の司令部から一任されているが、無理が過ぎるといざこざがあるかもしれん」

「こういうのはどうです?」

 ウォルターは端末に寄りかかり、腹案を口にした。

「前の乗組員から力のある奴はそのまま残す。あとは動ける範囲で旧知の仲間を集める。それでも足りない分は、今、この艦をいじっている奴を引っこ抜く。どうですか?」

「この艦をいじっている? 宇宙ドッグの技術者をか?」

「民間から大勢、技術屋が集まってますからね。中にはこれはと思わせる腕の奴もいます。まぁ、それでも親方の強権を振りかざすわけですが」

 あまり困らせるな、とハンター中佐は笑っている。

「ミリオン級は機密の塊だ。この宇宙ドッグにいる奴らも、何枚も誓約書を書いているんだ。あまり負担をかけたくないし、民間人は貴重な軍への協力者でもある。無理強いはできんよ」

「じゃあ、無能な奴らを乗せますか?」

「お前が教育するんだ」

 それはまた、とウォルターは笑うしかない。

 いつの間にかウォルター自身も年齢を重ねている。すでにハンター中佐と初めて会った時の、そのハンター中佐の年齢をだいぶ超えている。

 あまりに師匠が偉大すぎるんだ、とウォルターは心の中で独語した。だから弟子を取る気にならない。

 考えておけ、とハンター中佐が肩を叩き、部屋を出て行こうとする。どう返事をすることもできず、ウォルターも彼に続いて部屋を出た。

 全てを視察して、いくつかの問題点と改善点を指摘してから、ハンター中佐はウォルターに一週間後、訓練基地コルシカから宇宙基地ウラジオストクに向かう訓練航行を行う訓練艦カワバタに乗り込むように指示した。

「お前の目でも訓練生を見ておくんだ」

 そんな言葉が添えられていて、ウォルターはたまにはフラニーを出るのもいいだろうと、ラフな敬礼で命令を受け入れた。

 コルシカに向かう間に端末に転送しておいた機関部員の候補の個人情報を眺めたが、腕に覚えのある技術者は大半が民間人で、軍に出向しているだけだ。彼らはチューリングに乗せるわけにもいかない。志願者を募るくらいはできそうだが、チューリングの航海は試験航行でもないし、技術者が軍という環境に馴染めない可能性もある。

 そうなると、選ぶべきは生粋の軍人だろうか。訓練生の中にも経歴が立派な奴もいるが、さて、どれくらいやるだろう。

 そんなことを考えているうちに、コルシカに到着し、そこに置いてあった荷物をそっくりそのままカワバタまで持って行った。トランクひとつで、気楽なものだった。ちょっとした旅行者気分のウォルターである。

 カワバタに与えられた部屋に荷物を置いて、早速、機関室へ向かう。

 最新型ではないが、循環器がそこにはあり、燃料液を高速で循環させてエネルギーを得る仕組みはミリオン級のそれに近いが、より原始的だ。ミリオン級のように艦全体に血管を張り巡らせる技術は、まだ普及するかどうかさえ、曖昧な技術だった。

 血管の距離を伸ばせばそれだけエネルギーが手に入るわけだが、安全面ではまだ不安が広大な部分を支配している。血管の破断が起これば燃料液が暴発するわけで、ミリオン級のような性質の艦ならともかく、艦砲で殴り合いをするような艦には不向き、というより無謀な仕組みだ。

 機関室はチューリングのそれよりも広く、端末も十台ほどが並んでいる。

 一人一人の訓練生の顔を眺め、覇気のあるものを探そうとしたが、数えるほどだ。これでは先が思いやられる。訓練であっても実戦のそれをイメージできなければ、戦場では役立たずだろうとウォルターは考えていた。

 そのうちに航海が始まり、何事もなく数日が過ぎた。といってもウォルターは教導艦隊から出向いている教官役の機関部員と口裏を合わせて、循環器、燃料液そのもの、短いながらも血管の一部に不具合が出た、という想定で、訓練生をテストしていた。

 結果としては最悪の事態は起こっていない、というレベルで、かろうじて彼らもそこそこの仕事はしているのだ。

 もっと派手な展開は何があるかな、とウォルターが部屋の隅で壁に寄りかかって妄想していると、唐突に非常灯に明かりが切り替わった。

 どうやら、本当の訓練が始まったらしい。

 ウォルターは壁を離れて、手近な訓練生の端末に近づいた。


(続く)

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