5-3 無愛想な下士官

     ◆


 目の前の曹長はいかにも不審な風体だった。

 制服を着崩しているわけではないし、髪の毛も長いが一つにまとめている。化粧をしていないが、しかし身だしなみに気を使っていないようでもない。

 つまり、外見的にはまともなのだが、その顔を見ると、何かが欠けている。

「どこの所属だい、お嬢さんは」

 宇宙ドッグの意外に充実している料理の中でも好物のハンバーグをフォークで雑に切り分けて、口は運びながら質問すると、曹長はチラッと端末から目を上げ、しかしすぐに元に戻し、声だけをウォルターに返した。

「無人戦闘機操縦士」

 ボソッと返事がある。

 やっとこの女性の不自然さに思い至るウォルターである。感情が抑制されているが、抑制されすぎている。表情にも感情がない。無表情ではないが、動きが少ないので、仮面じみている。

 それでもその城壁を越えるべく、ウォルターは話を続けた。

 意外にこういう手強い相手にこそ、挑む意義を見出すウォルターだった。

「僕は機関管理官になる予定のウォルター・ウィリアムズ中尉だ。あんたはどの艦に乗る?」

「守秘義務があります」

 身も蓋もない返事だった。なら別の攻め方をしようと、ウォルターは矛先を変えた。

「何の機体に乗っている?」

 戦闘機操縦士はすでに実際に戦闘機に乗ることは稀だ。大抵は無線で遠隔操縦する。しかし操縦士たちは、機体に乗る、という表現を好む。何か自負のようなものがあるのだ。

 曹長は自己紹介もせず、淡々と答えた。戦闘機のメーカーと型番だ。

「そいつは知っている」

 事実、ウォルターも知っている機種だった。

 それからウォルターはハンバーグを食べながら、その機種の特徴を列挙し、まずは長所をはっきりさせた。小型の機体で、機敏に動ける。旋回性能も高いし、無人機なので極端な機動の可不可が重要になるのだが、その点でも問題ない機体だ。

 しかし短所はある。あまりに小型なので、武装の種類が限定される。

 そのことに触れると、曹長がやっと端末から顔を上げ、じっとウォルターを見た。怒ったか? とその顔を見てウォルターはやや怯みかけたが、自分の方がだいぶ年上でもあり、階級も経験も上だと思い直し、まっすぐに視線を返した。

「中尉、戦闘機が出てくる映画の見過ぎです。実戦で派手な撃ち合いはありません」

 ボソボソっとそんな返事があった。

「そんなものかねぇ。なら、何が一番大事だ?」

 そう言い返すと、曹長は眼鏡の位置を直しながら、やはりボソボソと答えた。

「任務によります。求められた結果を出せるかが全てです。それと、これが見えませんか」

 言いながら曹長が自分の襟章を指差した。

 ウォルターはそこをやっとまともに見た。そこにある襟章は、教導艦隊のそれだった。

「なんだ、教官か。つまりここには仕事できているわけだ」

「仕事がないものはここにはいません」

 ジョークなのかもしれないが、曹長は少しも笑っていなかった。ウォルターもそのせいで笑い損ねて、妙な空気が広がった。周りの雑音が遠くなるような空気だ。

「待てよ、曹長」

 急にウォルターの記憶が事実を思い出した。

「さっき話にあった機種の戦闘機について、俺がよく知っている理由があるんだが、それを口にしてもいいかな」

「いずれ分かることです。では、失礼します」

 曹長は端末をいじってから、すでに空皿だけのお盆を持ち上げ、一礼もせずに去っていった。その背中を見送ってから、ウォルターはハンバーグを食べながら、考えた。

 その超小型戦闘機は、チューリングに三機が搭載される。しかもそれを遠隔操縦するのは人間ではなく人工知能という話だった。自律飛行なのだ。

 その人工知能を教育する役目の管理官が、最近、連邦宇宙軍に新設された役職で、自律操縦管理官と呼ばれている。

 あの曹長がその役目を負うのかもしれない。

 どこの艦に乗るか、それを言えないのはつまり、チューリングの管理官に内定しているからだろう、とウォルターは決めつけた。いずれ分かる、という言葉は、それを意味しているとしか思えなかった。

 しかし年齢はまだ二十代程度に見えた。それで教導艦隊で、曹長とはいえ、相当な使い手なんだろう。

 また時間が合えば、話してみたいかもしれない。そっけなく、明るさとは無縁に見えたが、それはそれで面白い個性ではある。

「ここ、空いているかい」

 低い女性の声がして、顔を上げると、黒人の女性が立っていた。背が高い。それと髪の毛が真っ白だった。

 服装は周囲の技術者とも作業員とも違う。

 海兵隊の制服だった。階級章は准尉。

「どうぞ、准尉。特に誰もこない」

「悪いね」

 しなやかな動作で席に座る女性の下で、椅子が少しだけ軋む。

 自分のハンバーグを片付けつつ、ちらっと女性を確認したが、彼女は美味そうでも不味そうでもなく、淡々と食事をしている。

 こちらはの女性は例の曹長よりか感情がありそうだが、まるで猛獣の気配だな。

 発散される気迫に飲まれながら、どうにかウォルターは席を立って、「お先に、准尉」とややもつれながら声をかけた。

 返事は、どうも、という簡単なものだった。

 相棒の軍曹を探すが、まだ仲間と喋っている。少しは寛容なところを見せる気になり、一人で食堂を出ると、ウォルターの頭はもうチューリングのことにすべてを振り向けていた。



(続く)

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