5-2 手間のかかる子ども
◆
警告音が鳴り響き、循環器が緊急停止する。
「これで何回目かな」
髪の毛をかき回しながら、部下の軍曹に訊ねるウォルターの目元にははっきりとクマができていた。
「五回目ですね」
冷静に答える軍曹を見る視線にも、あまり力がこもらない。
今、彼らが行っているのはチューリングの起動試験だった。通常の手順での起動、つまり循環器の始動とエネルギーの伝達、全システムの立ち上げ、という手順は問題なく機能する。
問題は緊急時の手順で、推進器を緊急始動し、即座に推進装置にエネルギーを供給する、となると、これがうまくいかない。
「エネルギーをもう少し絞るべきでしょう、中尉。ヘルメスはそれほど頑丈じゃないんでしょうね」
軍曹の言葉に、ウォルターは唸るしかない。ヘルメスとは残滓回収型エンジンの通称だった。
最初に推進器を派手にいじりすぎたかもしれない、と後悔し始めている彼である。
設定をあまりに極端にしすぎた感がある。元々は遊びが大きく、それを少しくらい失敬してでも出力を上げるべき、というのが彼の方針で、今の状態は、その遊びの幅の狭さが原因のようだった。
「エネルギーを絞れば、推力が減る」
当たり前のことを口にするウオルターに、軍曹は無言で目を丸くして見せた。何を当たり前のことを、という事らしい。
こうなっては、推進装置にエネルギーを逃す仕組みを別で追加するか、もしくは受け入れるタンクを増設するか、そうでなければまさに循環器からのエネルギーを細くするよりない。
エネルギーを逃すとなると、外部に放出しては残滓回収型の推進装置なのに、まさしく残滓を吐き出すだろう。となればタンクの増設だが、また設計士やら何やらに文句を言われて、大幅な見直しが必要になる。
かといって、今更、エネルギーを絞るわけにはいかない。循環器を強制的に起動するのだから、そこからの爆発的なエネルギーを、精密にはコントロールできない側面があるし、その公算が高い。できるとしても、緊急時にエネルギー量を調整するとか、そんな手間はかけられない。
今からもう一度、循環器を緊急起動させても、どうせエラーが起こる。無駄な行動は慎もう。
どうしたものかな。まさか推進装置をまた元に戻すのか?
苦労が水の泡じゃないか。
ちょっと休みましょうよ、と軍曹に言われて、その必要性を認めてウォルターは機関室を出て、チューリングの通路を考え事をしながら歩いた。作戦中は無重力のはずだが、今は宇宙ドッグからの人工重力が発生している。
軍曹がいくつかの可能性を口にするが、それに対してウォルターは彼を見ずに論破して、否定していった。
「大飯食らいの装甲に食わせるのはどうですか」
そう軍曹が言った時、反射的にウォルターは足を止めていた。軍曹も少し先へ行って、振り返った。
「そいつはいいかもしれないな」
「え? 装甲にエネルギーを流すんですか?」
「性能変化装甲は確かにエネルギーを必要とする。なら緊急時は、そこへエネルギーを流し込んで、待機モードにすればいい。通常の緊急手順だと、装甲はどうなるんだったかな」
艦運用管理官の領域だったが、軍曹は平然と答えた。
「ルークですよ。対実体弾モード」
「最高出力じゃないよな?」
「それはまぁ、本来は推進装置にエネルギーを食われるはずですから、第二レベルくらいじゃないですか?」
そうかそうか、とつぶやきながら歩き出すウォルターを恐々と見ながら、軍曹もついていく。
ウォルターの頭の中では、答えがはっきりしつつあった。緊急起動時は、今の出力で循環器を強制起動し、エネルギーを艦全体に分配し、推進器には起動が可能な限りのエネルギーを流す。緊急停止しないように細くして、余ったエネルギーを、装甲に流し込む。
性能変化装甲はバージョンアップされて四種類の性能を発揮できる。一番、エネルギーの消費が激しいのはシャドーモードと呼ばれる、姿を消す装甲だ。
しかし緊急時にこの装甲は選べない。理由は明快で、シャドーモードの装甲は防御力が極端に低い。耐久性が犠牲になり、脆いと言ってもいい。
緊急時なのだから、敵に不意を打たれた場面が浮かぶ。事前の想定でも、実体弾に耐えるルークモードが選択されている。
なら、余ったエネルギーで装甲の性能を最大限に発揮させればいい。軍曹が言うには、第二レベルということだから、最大強度の第三レベルにする余地がある。
いいじゃないか。これでどうにかなるだろう。
懸念が払拭されて、足取り軽く船を降りると、チューニングとドッグに渡された通路で、手間のかかる問題児を振り返った。
すでにチューニングはおおよその外装が整っており、流線型の船体がそこにある。
今は例の粒子ビーム砲が露出している。二門から一門になったが、試作品が転用されたそれの威力は折り紙付きである。他にも魚雷発射管の扉も開放され、真っ黒い穴が見えた。ミサイル発射管は通路からは見えない。
いよいよこいつも形になってきたじゃないか。
さっさと通路を渡り終え、踊るようなステップで、軍曹に不審そうに見られながらウォルターはドッグのすぐそばの食堂にたどり着いた。
食堂の中は人でいっぱいで、どこか汗臭く、垢じみた匂いがする。
料理を受け取り、空いている席を探していると、部屋の隅で空いている席がある。
四人掛けの机に、一人の女性下士官が一人きりで座り、端末片手に食事をしている。無表情で、眼鏡にチカチカと光が反射している。
ウォルターはそちらに近づいて、「ここ、良いかい」と空いている席を示して声をかけてみたが、曹長の階級章の女性はチラッと顔を上げ、ボソッと返事をした。したが、周囲の技術者や作業員の声にかき消されて聞こえなかった。
「オーケー?」
もう一度訊ねると、不機嫌さを隠さず、
「オーケー」
という返事があった。
ウォルターは軍曹を隣に座らせようとしたが、軍曹はすでに別の席に着き、顔見知りらしい技術者たちと食事を始めていた。
連れない奴だな。
ウォルターは一人で女性下士官の前の席について、食事を食べ始めた。
(続く)
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