第5話 機関管理官の憂鬱

5-1 忙しい日々

     ◆


 ミリオン級という最新鋭艦について、最も詳しいとされている人間の名前を、ウォルター・ウィリアムズ中尉は、十人ほどを挙げることができた。

 その中でもスネーク航行の基礎理論とそれを現実にした技術者は、彼の中では英雄に近かった。

 その英雄が作った船に、棚から牡丹餅とはいえ、乗り込めることが確定していることが彼にして強力な意欲、やる気を生み出さずにはいられなかった。

 訓練生たちがコルシカを中心に必死の日々を送るそばで、ウォルターは馴染みの部下たちとともに宇宙ドッグの一つ、フラニーでチューリングを徹底的に解剖し、その詳細なカルテを作成していたのだ。

 チューリングは軍の一部から「無能艦」などと呼ばれているが、それは任務に失敗したからであり、艦が無能なわけではない。それはウォルターを始め、技術者の共通した見解だった。

 むしろミリオン級の性能は常軌を逸しており、それが逆に運用を困難にしている。

 ミリオン級は言ってしまえば諜報員のようなもので、自分の姿を見せずに、敵の事をただ知る、その一点のために特化している。

 問題になるのは、いかにして技術と運用で姿を消すか、姿を消せるという性能をどう生かすかであって、それは純粋に乗組員の技量、そうでなければ指揮官の素質である。

 ウォルターの師匠にあたるハンター・ウィッソン中佐が新しいチューリングの艦長になることは、実はウォルターの中では自信は半分ほどで、残りはまだ不明瞭な領域の中にあった。

 ハンター中佐の技能は機関管理官としてはズバ抜けている。長い軍歴もあり、経験も豊富、知識も豊富だ。

 では、船を指揮できるだろうか。

 海賊を討伐する作戦に参加している艦に、何度か乗ってはいるだろうけど、さて、どこまで通用するのかな、とウォルターは思わなくもない。

 しかしそれでも師匠を信頼していないわけではなく、ハンター中佐自身も自分の力量を把握する程度の能力はあるとも思っている。それならハンター中佐は、自分の補助する人間に、優れた人間を選び出すだろう。

 それがもしかしたら、レイナ・ミューラー大尉かもな、とウォルターは想像していた。意外に悪くない組み合わせである。それがウォルターの判断だった。

 そんなウォルターがやっていることは、最新型の残滓回収型エンジンの設定を経験と直感を頼りに変更し、それが宇宙ドッグに運ばれると、すぐさま試運転した。微調整がその後に果てしなく続く。

「こいつはちょっとすごいですね」

 同席していた部下の曹長の言葉に、ウォルターは肩をすくめる。

「エネルギー循環エンジンを知っているだろ? あれを初めて見た時は、もっと驚いたね。さて、こいつにどういう特質を持たせるべきかな。静粛性か、安定性か、出力か」

 そんなことを言いながら、ウォルターは推進装置にかかりきりというわけにもいかなかったのだった。

 ハンター中佐からの命令で、ウォルターはチューリングの改修の責任者の一人になっており、対処するべき対象が多岐にわたる。推進器は部下に任せ、フレームの変更の打ち合わせに行き、新型装甲の試験データが届いているのを、その方面に詳しい技術者と相談する。

 外観のデザインを一新する関係で、多分野の一流の研究者や技術者がフラニーには集まっているので、ウォルターが暇をする時間はない。

 その時の最大の難問は、左右両舷に取り付ける二連粒子ビーム砲塔の件で、求められるビーム出力を維持しながら限界まで口径を細くしたものの、格納するスペースがどうしても足りない。

「装甲で覆わなければ、シャドーモードの意味がありません」

 当たり前のことを技術者に言われ、ウォルターは腕を組んだ。もう技術者も何も言わないし、同席している設計士も沈黙している。

「一門にするか」

 あっさりとウォルターが答えると、それぞれから返答が来る。ウォルターは半ば投げやりで答えた。

「一門にして、高出力な奴にする。武装よりも隠蔽能力の方が重要なんだよ」

 設計をやり直す必要、艦のバランスの再計算をする必要、そんな都合のいい砲塔がないことなどなど、すべての批判をどうにか丸く収めて、ウォルターは指示を出した。

 さすがに艦長になるべき人、総責任者に意見を求めるべきで、端末でハンター中佐を呼び出すウォルターだが、ハンター中佐が了承する確信があった。

 画面に映った老人は、ウォルターの話に何度か頷き、それでいい、と短く答えた。

「他に何か、話はあるか?」

「ええ、まあ、いくつかありますね。索敵管理官の端末の改造は、ハードでは終わってますが、ソフト面でやや遅れています」

 それは奇妙な注文で、ハンター中佐本人からの要請だった。

 空間ソナーは本来、ヘルメットを被ることで全方位の音を感じとり、その音から周囲を把握する。

 それが今度の注文は、音に変換するのではなく、電子的なノイズのようなものまで、ほぼ直接、使用者に反応を流し込めという。技術者たちはこの要請に応えるべく、空間ソナーのシステムの一部を一から組み直している。

「本当に例の病人の彼を索敵管理官に使うんですか?」

「当然だ」ハンター中佐は嬉しそうだった。「彼は最高の人員だ」

「訓練を通過できそうですかい?」

「彼に関しては、訓練は形だけだ」

 まったく、この老人は頑固だし、前例とか常識を無視する傾向にある。

 もっともそれがなければ、戦艦の三連循環器の不整脈を心停止に持って行くなどということはできないだろうけれど。

「まぁ、実際に彼がやってくるまでには間に合うでしょう。調整は必要ですが。訓練生の様子はどうですか?」

「よく頑張っているよ。機関部員に何人か送り込むから、鍛えてやれ」

 了解です、と答えて、彼は通信を切った。

 ドッグでロボットたちの手で組み上げられていく途中のチューリングは、まだ巨大な生物の骨格標本じみている。

 それはそれで、楽しみを感じるな、と誰にともなく思わず笑みを浮かべつつ、ウォルターは仕事へ戻った。

 休む暇もないほど、忙しいのだ。



(続く)

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