4-6 大きな一歩

     ◆


 宇宙基地ウラジオストクの会議室に、その面々が揃ったのは、訓練終了の二日後だった。

 操舵管理官のカード・ブルータス。

 火器管制管理官のザックス・オーグレイン。

 そしてカプセルに入った、索敵管理官のユキムラ・アート。

 この三人はロイドは知っていた。他にも複数人が同席している。

 ウォルター・ウィリアムズという機関管理官。階級は中尉。

 エルメス・ローズという自律操縦管理官。階級は曹長の女性で、眼鏡をかけている。ロイドは自律操縦管理官という役職の兵士を実際に見るのは初めてだった。地球連邦宇宙軍の中でも新設されたばかりの役職だった。

 そしてこちらも女性で、オードリー・ブラックスという、海兵隊の小隊長。階級は准尉。

 どうやらこの場にいるものがミリオン級潜航艦チューリングの新たなる中枢、となるらしい。

 しかし実にまとまりがないことに、カードとザックスはよくわからない内容の議論、というか口論を続け、エルメス曹長は手元で携帯端末を弄っていて、こちらはどう見てもゲームで遊んでいるようにしか見えない。オードリー准尉は腕を組んで目を瞑っていて、すぐそばではウォルター中尉がこちらはいびきをかいて眠っていた。

 その会議室のドアがいきなり開き、入ってきたのはレイナ大尉だった。

 続いて入ってきたのは見るからにガチガチした体格の老人で、階級章は中佐。

「なんだんだ、この空気は」

 一人を除いて全員が動きを止めたので、その中佐は可笑しかったようだ。眠っているままのウォルター中尉の頭を殴りつけてから、その中佐は会議室の一番奥の席に座った。すぐ横にレイナ大尉が控える。

 なるほど、この老人がスカウトマンと噂された相手か。

「私のことを知っているものもいるが、とりあえずは、自己紹介しよう。ハンター・ウィッソン中佐だ。よろしく頼む」

 そのあと、全員がそれぞれに自己紹介をし直して、まるでどこかの学校の教室じみていた。

 全員が名乗り終わってから、ハンター中佐が咳払いした。

「今、話しておくべきことは少ないが、集中して聞いてくれ。まず最も重要なのは、諸君が乗り込む艦は、ミリオン級潜航艦の一番艦であるチューリングだ。隠しても仕方ないが、三隻が建造されたミリオン級の中で、最も早く処女航海を終え、言って見れば、逃げ帰ってきた臆病者の船だ」

 ザックスとカードが鼻で笑うだけで他のものは真剣だった。

「第二の点として、つい二ヶ月前だが、同じミリオン級潜航艦の三番艦、チャンドラセカルが航海を終えて戻ってきた。貴重な情報が満載でな、解析に時間がかかった。その結果に合わせて、改修を受けていたチューリングにもさらに手が加えられる。それはそのまま、諸君が任務に就くのがやや遅れることを意味する。ただし、すでにチューリングは航行可能な状態ではある」

「質問があります」

 そう言ったのはエルメス曹長だった。

「どのような任務を行うのですか?」

「敵性組織を偵察することになるだろう」

「戦闘は?」

「積極的な攻勢には出ない。ミリオン級はそもそも戦闘を前提としていない。わかるだろう? 曹長」

 好奇心です、と素っ気なく返事をして、エルメス曹長は上官との会話を打ち切った。なかなかできることではない、とロイドは苦笑いしそうになった。彼女は見るからに軍人らしくないが、中身も軍人になりきってはいないらしい。

 次の点だが、とハンター中佐が気にした様子もなく続ける。

「予定としては、二週間の突貫工事でチューリングは形になる手はずだ。明日にはシャトルが出て、宇宙ドッグのフラニーへ向かうことになる。というわけで、この会議が終わったら、荷造りをして早く眠るように」

 まさに学校じみているが、ハンター中佐なりの冗談と解釈するしかない。

「懇親会でも開きたいところだが、どうするかな、大尉」

 そうハンター中佐に水を向けられたレイナ大尉が「シャトルの中で十分に時間もあるでしょう」と応じている。その程度には時間的猶予がない、という意味に受け取れた。

「では、解散としよう。明日の朝八時半には、格納庫へ来るように」

 ハンター中佐は立ち上がると、さっさと部屋を出て行ってしまった。レイナ大尉がそれに続くが、自然な様子でロイドと視線を合わせた。ロイドが見ている前で、レイナは一度、ウインクして、わずかに口角を持ち上げたようだった。

 祝福、ということかもしれない。

「恋人ですか?」

 いきなり声をかけられ、そちらを見ると、眼鏡のレンズ越しに鋭い視線がロイドを向いている。エルメス曹長を前にしてロイドは首を振った。

「幼馴染なんだ。それに士官学校でも同期でね、色々と縁がある。今度は同じ船に乗るし」

「そうですか」

 まるで投げやりなそっけない一言を返すエルメス曹長は、納得したのか、興味が失せたのか、どちらとも取れる様子だった。そのまま軽く頭を下げ、部屋を出て行った。

 他の面々もそれぞれに部屋を出て行く。ザックスとカードはユキムラと何か話していた。

 そうか、彼ら三人にはまだ階級がない。だが、管理官になるのだから下士官待遇だろう。

 三人の経歴を詳細には知らないが、しかし実力は確かだ。ここにいるのが当然の三人だと、ロイドは訓練期間でよく知っていた。つまりそれはある種の信頼であり、ある種の仲間意識でもある。

 ロイドも自分の部屋へ戻り、荷物をまとめ、早々に寝台に横になると部屋の明かりを消した。

 いつの間にか眠っており、翌朝、目を覚ますとスッキリした気分になっていた。

 身支度を整え、食堂へ行く。途中でエルメス曹長と鉢合わせた。

「どうも」

 ボソッとそう言われて、ロイドも「おはよう」と返すが、どこか他人行儀だったかもしれない。

 食堂では離れた席で食事を済ませ、違うタイミングでそこを出た。それでも格納庫でまた顔を会わせるわけだが。

 シャトルの前に全員が揃ってから、ハンター中佐とレイナ大尉がやってきた。

 ハンター中佐が面々に声をかけながらシャトルに乗り込む。そういえば、この中佐はしっかりと敬礼した場面を見せない。そういう、軍規を厳しくしない人なのだろうか。

 シャトルに乗り込む時、ロイドは少しだけ心が浮き足立っているのを感じた。

 落ち着こう。まだ何も、始まっていない。

 しかしこれから、僕は宇宙へ本当の意味で漕ぎ出す機会を得る。

 シャトルに乗り込む一歩が、とてつもなく大きな一歩に感じるロイドだった。



(第四話 了)

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