4-5 最高の褒め言葉
◆
あれは全て仕組まれている。
カードはそう言って、保存食のゼリーをスプーンですくって頬張る。
「それは仕組まれていただろう」
ロイドは状況を整理する気になった。
「多弾頭ミサイルか何かで艦が半壊し、敵艦は至近、こちらは魚雷で狙われている。計算尽くだ」
「そう。じゃあ、どうしてそういう事態になったんだ?」
カードの質問に答えることはできる。そういうシチュエーションを試験官が想定している、というだけのことなのだ。
だが、とロイドはそこからさらに深く理解が及び始める自分を感じた。
起こりえないことを想定するだろうか。至近距離まで忍び寄ることが可能な艦が相手なら、この訓練のシチュエーションは、現実に起きる。
そんなことができる艦は、ロイドの記憶では数少ない。
どの艦かを特定するには、あの魚雷攻撃をどうにか処理した後の場面で、明確な情報があるのだ。
粒子ビームが効果なしと判定された。
あれは、装甲が粒子ビームを無効化したのではないか。そういう装甲を装備した艦が確かにあるのだ。
「まさか、あんたたちは敵がミリオン級だと知っていたのか?」
思わずロイドがそう言うと、ザックスは鼻を鳴らし、カードは肩をすくめる。
密かに忍び寄ることも、粒子ビームを防ぐこともできる。
そうか、とロイドの中で何かが雪崩を打った。
ザックスは限界に近い出力の粒子ビームを当て、そこへ続けざまに実体弾をぶつけた。これはロイドも資料で知っていたが、ミリオン級の性能変化装甲の弱点の一つなのだ。
粒子ビームに対処できるミラーモードの装甲は、実体弾を弾き返す強度がない。おそらくシミュレーターの方では装甲のモードを、対実体弾モードのルークモードに切り替えるように想定しただろうが、それでも高出力の上に高出力の粒子ビーム攻撃の残滓も、加味された。
実体弾が、効果を上げたのはそのためだ。
あの戦いの後のミーティングではっきりしたが、敵艦を沈めたのは体当たり攻撃だった。
あの実体弾の攻撃も、まさに体当たりのための布石だったということになる。装甲を破損させ、そこへ舳先を全速で叩きつける。
とんでもない戦法だ。
「ミリオン級というのも、戦闘向きじゃない」
たんぱく質そのもののようなペーストをパンに塗りつつ、カードが呟く。
「やっぱり忍び寄って観察するだけの艦だな。ザックス、お前はあまり出番がないぜ」
「なぁに、あの様子じゃ、戦闘もあるだろうさ」
ザックスはそう応じつつ、形だけの固いスコーンを崩して、カップの中のスープに溶かしこんでいる。あまり旨そうではない。
「しかしあんたもやるよなぁ。見直したよ」
ザックスがスプーンで、ドロドロの液体になったスープをかき回しつつ、斜めにロイドを見た。
「あそこで艦の保全よりも戦闘を優先する程度には勇敢ってことだな。見た目によらず、気概がある」
「もし艦が吹っ飛んだら、どうするつもりだった?」
カードの疑問に今度はロイドが余裕を見せる番だった。
「この艦の限界出力は、しっかり把握している。機関は一四五パーセントまでは搾り出せるんだ。一流の機関管理官がいれば、そこまでは出せた。まだ余裕があったってことだ。艦砲の出力も、把握していたよ」
「やることはやっているわけだ、あんたも」
ズズッとカップの中身を飲み干し、ザックスは下品にげっぷをする。
カードはパンをかじりつつ、あれもそうか? と質問してくる。
「いやに操舵が機敏だった。あんたが微調整したんだな?」
「まあな。推進装置が片方、死んでいて、それを補正するついでにね。姿勢制御スラスターのバランスを補正する必要もあったから」
「あれだけの短い時間でそれをやるってことは、ある程度は出来る口だな」
今度はロイドが肩をすくめる。
その後、ロイドの前で二人の男はああだこうだと食事について議論し始め、ペーストが不味いだの、スコーンをスープに溶かすなよだの、口論が始まり、賑やかだが、年齢の割に大人気ないのが、失笑を通り越して逆に可笑しかった。
「また会えるといいな、兄さん」
食事を平らげたザックスが先に席を立つ。
「そうだな。あんたの腕は見事だった」
「ありがとよ」
ひらひらと手を振って去っていく男を見送ってから、
「ありゃ、最高の褒め言葉さ」
と、カードが笑みを見せて囁く。
「しかし俺も、同じ言葉をあんたに向けるよ。こちらももちろん、最高の褒め言葉だと思ってくれて構わない」
「そうか。うん、僕もあんたたちの腕を認めているよ。あの模擬戦闘は、思い返すと痛快だな。あんたたちのお蔭だよ」
ポンとロイドの肩を叩いてから、カードも席を立ち、食器を返しに行った。
ゆっくりと一人で食事をして、ロイドは自分の部屋へ引き上げた。
訓練航行はその後、何回かの模擬戦闘の後、宇宙基地ウラジオストクにたどり着いて終了した。
訓練生には一日の休暇が告げられ、六十人はウラジオストクに蜘蛛の子を散らすように、カワバタから離れていった。
ロイドはまともな食堂で食事をとり、映画館で古い映画を見た。
決められた期限にカワバタに戻ると、カワバタの艦内にある格納庫に全訓練生の集合が告げられた。六十人が整列すると、その前に数人の教導艦隊の士官たちが並ぶ。
六十人の前に、女性の士官が歩いてきたかと思うと、その女性はロイドにはよく見知った相手だった。
レイナ・ミューラー大尉。
彼女は手に持っていたタブレットを持ち直すと、明瞭な口調で話し始めた。
「これから名前を呼ばれたものは、前へ出るように」
次々と名前が呼ばれ、訓練生が進みでる。
カード・ブルータスの名前がある。
ザックス・オーグレインの名前がある。
そして、ロイド・エルロの名前も、呼ばれた。
最後の一人の名前を読み上げ、レイナが咳払いをした。
「以上が、正式採用される乗組員です」
それから選ばれなかった訓練生に形式張ったことを話すレイナの声は、ロイドの頭には入ってこなかった。
選ばれたのか? 僕が?
(続く)
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