4-4 決死の模擬戦闘

     ◆


 限度を超えて急激な転針にカワバタ全体が激しく軋んだ。

 ロイドは素早く端末を見て、各所で起こった不具合に対処するのに必死になった。視線をちらと向けると、魚雷はまさに至近だ。

 近接防御用の小口径レーザー砲の一つを再起動するのが間に合った。即座に稼動。ザックスに制御権を移譲。

 誰の采配か、鮮やかに魚雷が破壊される。メインスクリーンがあまりの艦の運動に、明滅しているので、やや信憑性はないが、実戦ではないのだ。

 ロイドが見ている範囲では、この瞬間、カワバタはほとんど魚雷に自ら突っ込むように進み、それを撃破した後、魚雷の残骸をものともせず、敵艦に突っ込んで行っている。

 三連粒子ビーム砲が発砲。空中を光の筋が走る。

 メインモニターに敵艦の仮の映像が映っているのは、誰もが知っていた。

 知っていたが、艦が身をよじるように動き、寸前まで射撃可能な範囲の外にいた敵艦が範囲内に取り込まれたのは、まるで奇跡で、にわかには信じられなかった。

 だが、ザックス・オーグレインは知っていたのだ。だからすでに攻撃している。

 しているが、敵艦に命中したはずの粒子ビームが「効果なし」と判定される。

「艦運用! エネルギーをよこせ!」

 怒鳴り声に返事をするよりも先に、機関部が安全装置を無視して跳ね上げた機関出力を、艦砲に流し込んだ。安全装置をロイドの方でも無効にする。

 メインモニターに赤い表示。被弾したことを示している。敵艦は粒子ビームで応戦している。

「推力不足だな」

 淡々とカードが呟く。

「こっちにもインチキを使ってくれよ、艦運用管理官」

 やはり返事などできず、ロイドは右舷側で生き残っているスラスターに破損するのを前提にしたエネルギーを流し込む。こんなことをしたら、敵艦を撃破しても航行不能になりかねない。

 それでも、勝つことは大前提だろう。

 このまま死ぬわけにもいかない。生き残ることが仕事だ。

 モニターの中では敵艦の猛攻が始まり、かろうじてその光の雨の中をカワバタは進む。

 しかし、どうするつもりだ? ロイドは疑問だった。先ほどの粒子ビームは直撃のはずだ。それが効果がないとすると、普通の対処では撃破できない。

 そう思っている間にも、すでに敵艦は目の前に迫りつつある。

 警告音が新たに鳴り、三連粒子ビーム砲が異常発熱をしていることを告げた。

「行くぜ、カード!」

 ザックスが声を発すると同時に、粒子ビーム砲の限界を超えるエネルギーを解き放った。

 空中を光が走り抜け、消える。効果なしだ。

 全く同じタイミングで、メインモニターに三連粒子ビーム砲は破損、使用不能という表示が出る。

「もう一発!」

 艦が微かに震えたのは錯覚か。この時、打撃砲が発砲されたのだ。

 メインモニターの中で、初めて黄色い表示が出る。

 敵艦に損傷あり。

 それだけの表示だ。まだモニターの中で敵艦からの粒子ビームは降り注いでいる。

「あとは任せろよ、ザックス」

 血迷ったか、とさすがにロイドも思った。カードが艦を全速で走らせ、敵艦へ突っ込んでいく。

 敵艦はこちらに対してやや斜めを向いている映像で表現されていた。

 メインスクリーンにそれが大写しになり、敵艦しか見えなくなく、ついにメインスクリーンが真っ黒く染まった。

 シンと発令所が静まり返り、ロイドは自分の端末の状態を確認した。

 少しのブランクの後、表示が回復し、艦の全てが緊急停止している。機関も推進器も止まっていた。素早く艦の状態を確認。もちろん、仮想の状態だ。

 艦首の損傷がひどい。エネルギー漏れが各所で起こっていて、自動診断システムが判定したところでは、カワバタにはほとんど航行能力が残っていない。

 敵艦はどうなった?

 さらに端末に触れようとした時、メインスクリーンが回復し、そこには短い文章が表示された。

「敵艦を撃破しました」

 発令所は先ほどよりも深い沈黙に支配されたが、カードとザックスが拳をぶつけ合ったところで、誰からともなくため息をついていた。

 それから艦の状態を再確認し、満身創痍で瀕死でも、本当には死んでいないということがわかり、救難隊を呼び寄せて、そこで教官役の士官が「これでいいだろう」という言葉で訓練の終了を告げた。

 訓練艦カワバタは通常の航行に戻り、宇宙基地ウラジオストクへ向かった。

「へい、艦運用」

 食堂で一人で食事をしていると、カードとザックスがやってきて、ロイドの前の席に座った。

「あんたのお陰でうまくいったよ」

「艦を大事にしない艦運用も珍しいな」

 そんなことを言いつつ、保存食をつつき始める二人に、ロイドは気になっていたことを訊ねることにした。

「あんたたちは、何が見えていたんだ? どうしてあの仮想の敵艦を撃破できると思った?」

 つい先ほど、難敵をほとんど相打ちで仕留めた功労者の二人は、お互いの顔を見て、目を丸くしている。

「こいつができるようだったから、俺はこいつを信じた」

 そうザックスが言うと、右に同じ、とカードが答える。

「つまり、あれは偶然か?」

 ロイドが真相に踏み込もうとすると、偶然ではないな、とカードが答える。

「偶然の勝利という奴はあるが、さっきの模擬戦闘は、勝つべくして勝ったんだよな」

「あんな勝ち方が、狙いだったのか?」

 つまらさそうに保存食を突くザックスの横で、カードがニヤニヤと笑っている。

「計算のうちさ」

 計算?



(続く)

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