4-3 最終試験

     ◆


 訓練日程の詳細は訓練生に伝えられなかったが、その訓練は訓練艦カワバタでの管理艦隊の運用するホールデン級宇宙基地ウラジオストクへの航海で、今までにない長距離の訓練だった。

 最終試験だろう、と見るのが当たり前だ。

 ロイドは艦運用管理官の立場で、発令所にいた。同乗している操舵管理官はカード・ブルータス、火器管制管理官はザックス・オーグレインで、それがロイドにはやや不安だった。

 航海は順調に進み、何人かの訓練生と交代で発令所に立ち、通常航行は四日目に入った。

 唐突に発令所の明かりが赤に変わり、その場にいた訓練生がざわつく。無言だったのはロイド、カード、ザックスくらいである。

「索敵管理官、事前に報告しろよ」

 ボソッとザックスがこぼす。明らかに狼狽して端末を弄っている索敵管理官の役目の訓練生は、言葉にならない声を返すしかないのは、訓練とはいえ哀れみを誘う。

 もっとも、この時、カワバタがどういう状況に置かれているか、はっきり知っているのはロイドだった。

「敵艦の攻撃を受けて、重度の損傷。右舷前方が壊滅的だ」

「ミサイル発射管の一番から三番は使用不能」ザックスも淡々と報告する。「魚雷発射管もエネルギーが途切れて、反応なし。まともに使えるのは三門の粒子ビーム砲だけだ。それと実体弾の打撃砲もあるか」

「カード訓練生」

 ロイドは冷静に声をかけた。

「推進装置が片方、死んでいる。姿勢制御スラスターの状態は表示の通りだ」

「どういう攻撃を受けたやら」

 ぼやいているカードも、艦の状況を当然、知っているのだ。

 右舷側のスラスターがほとんど使えず、二つの推進装置のうちの片方が使用不能。

 カードの言う通りだな、と内心でロイドは同意した。どういう攻撃を受けたという想定なのか、あまりにも損傷が激しすぎる。

「諸君、艦長は先ほどの攻撃の余波で重傷を負ったとする」

 いきなり艦長席にいる教導艦隊の士官がそう言ったので、その場の全員がそちらを振り向いた。その士官は平然とした顔で全員の顔を見て、ニヤッと笑った。

「諸君は無事に職務を遂行できる状態とする。階級はロイド・エルロ中尉が最上位とする」

 その一言で、全員がロイドの方を見た。

 冷静になろう、とまず心の中で唱え、それをそっくりそのまま言葉にした。

「冷静になろう」

「本当の戦闘だったらそうもいかんが」

 ザックスが肩をすくめる。

「そうするよりないな。艦を立て直して反撃だ」

「そうだな。時間もないだろう。索敵管理官、周囲の状態は?」

 まだ驚きから立ち直れない訓練生が、三時方向に感がある、と報告し、しかし距離ははっきりしない。思わずロイドは空間ソナーの状態をチェックした。

 カワバタに搭載されている正副二台のうち、メインの空間ソナーは機能不全。

「索敵管理官、メインの空間ソナーをシャットダウン。サブで索敵してくれ」

「え、え……」

「こちらでやるよ。だから敵の正確な位置を把握してくれ」

 指示しながら、ロイドは素早く空間ソナーの優先順位をメインからサブに変え、メインからの情報を全て切り離した。さらに艦の右舷側のエネルギーバイパスを巧妙に構築し、無駄なエネルギーの流出を防ぐ。

 火災が起こっているとされている部分に自動消火システムが対処しているが、望みが薄い部分は乗組員を退避させ、隔離していく。

「艦を捉えました!」

 索敵管理官の言葉に、のろまめ、とザックスが毒づいた。

「三時方向から四時方向へ移動中。すでに魚雷の発射管は開放されています。ロックオンされています。距離は〇・一スペースを割っています」

「操舵管理官、任せてもいいかな」

 正直、ロイドには魚雷のロックオンを回避する妙案がなかった。近接防御用のレーザー砲台は使用不能の判定だった。

 あまりにも敵艦が至近にいる。即座にどの座標を辿れば回避できるか、この時、ロイドには想像もできなかった。

 ただし、民間人上がりの訓練生には何かが見えたらしい。

「ちょいと揺れるぜ」

 操舵装置がひねられ、艦がその身を捻っていくのが人工重力の中でもわかった。

「おい、索敵管理官、座標をはっきり教えろ」

 ザックスの言葉に、索敵管理官がやっとまともな仕事を始め、報告を連続させる。

「艦運用管理官、俺の言う通りにしな」

 自分を見るザックスの瞳を見返し、ロイドは瞬間で判断した。

「できることなら」

「できることさ。主砲の三連砲を、エネルギー超過で破綻するくらい、出力をあげろ」

「破損して使用不可能になれば、反撃手段を失う」

「敵の方が早く沈めばいいだろ」

 視線がぶつかり、ロイドは諦めた。そして艦運用管理官の端末でエネルギーの流れを再確認し、流しこめる力をそちらへふり向けるが、先ほどの攻撃で機関出力のロスが大きい。

 仕方なくロイドは端末に付属している受話器を取り、機関部を呼び出す。

「はいよ、こちら機関部」

 まるで緊張感のない声が返ってくる。教官がそばにいないのだろうか。

「エネルギーが欲しい。出力を上げてくれ」

「すでに戦闘出力だよ」

「限界出力が欲しい」

 そいつはまた、と声がする。機関部員が受話器の向こうで呆れている光景が目に浮かんだ。

「時間がない」

 そうロイドが言った時、索敵管理官が「魚雷、発射されました!」と声を上げる。

「オーケー」

 機関部員がまるで重みのない声で言った。

「機関出力を一二〇パーセントにしよう。長くはもたないぜ」

 長くはもたないもなにも、魚雷の命中までほんの四十秒だ。

 グンと艦が強烈な運動をしたのは、まさにその瞬間だった。



(続く)

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