4-2 しがみついてでも

     ◆


 ミリオン級についてはしばらく前に聞き及んでいたロイドだ。

 新型の潜航艦で、今は独立勢力が跋扈している土星界隈を探索する任務に就くようだった。しかし詳細な情報は流れてこないし、一部では作り話だとさえ言われていた。

 三隻が建造され、そのうちの一隻が早々に帰投したことが噂として広まり、瞬く間に燃え広がったかと思うと、そのチューリングという艦には批判が集中したのも、ロイドは傍から見て知っていた。

 ロイドの頭の中に、ミリオン級に乗る術はないか、という思いが、実はミリオン級の最初の噂を聞いた時から、頭にあった。あったが当時の彼はまだ少尉になりたてで、とてもお声がかかる実績がない。諦めるしかなかった。

 しかし次の航海があるのなら、また可能性があるかもしれない、と噂を大声でかわす仲間の横で、冷静に考えるロイドである。

 チューリングは明らかに任務に失敗したか、任務を放棄しただろう。なら乗組員の刷新が起こるはずだ。そこにチャンスがある。

 耳に神経を集中する日々の中で、訓練生を募集している、という噂があり、それを確認する前に、管理艦隊の方からロイドに声がかかった。

 ロイド・エルロ中尉に、訓練コースへの参加を打診する。

 その文章の下には、機密保持のための誓約項目が並んでいたが、ロイドはそれを真剣に、しかし一度だけ読んで、素早くサインし、提出した。

 地球から火星を経由し、木星へ。訓練基地コルシカに直行し、他の若い士官たちと四人一部屋での共同生活が始まる。

 ロイドの頭の中では、レイナの言葉が巡っていた。

 学習とその確認、そして実践。

 図らずもそのすべてが今、ロイドの目の前に提示されていた。

 今までに身につけた知識が、管理艦隊に出向している教導艦隊の教官たちで確認することができた。

 そして実際に、模擬戦闘で、その自分の知識を実践できる。

 日々はあっという間に過ぎていく。

 コルシカに招かれているものは軍人だけではなく、民間人もちらほらと見た。どういう経緯で招かれたのか、高校生のような若いものもいれば、煮しめたようなと表現するしかない町工場の職人じみた機関部員候補生もいた。

 ロイドがそんな日々の中で閉口したのも、また民間人からの訓練生だった。

 義手の火器管制管理官候補生のザックス・オーグレイン。その彼と常にいがみ合っている、操舵管理官候補生のカード・ブルータス。

 この二人はとにかく、ロイドの知識を裏切ってくる。

 セオリー通りのエネルギー配分に合わせた、セオリー通りのエネルギー消費ではないので、ザックスの操る粒子ビーム砲は出力不足や過剰出力による破損を繰り返した。カードも同様で、推進装置が焼けついたり、姿勢制御スラスターが暴走したこともあった。

 訓練艦のそれらの装備は実戦でも使えるが、訓練ではシミュレーターが状態を判定するので、破損こそしないが、教官は真っ赤な顔で怒鳴り散らし、いい年をした訓練生たちは、ザックスとカードを睨みつけるしかない。

 そういう場面で、ロイドは、ラッセン大尉のことを思い出した。

 艦運用管理官は、艦長の下請けなのだ。訓練生たちの一部は、ロイドにも敵意を向けつつあった。それが役目の一つなんだろう。

 訓練が終わると、不思議とザックスとカードの元には数人の訓練生が集まり、賑やかな雰囲気を発散して、食堂へ向かっていく。逆にロイドには近づいてくるものはあまりいない。

 人徳というべきかはわからないが、魅力の有無はありそうだった。

 あの民間人の二人の男は、常に乱雑で、荒々しいが、その代わりに気風がいい。

 ロイドは淡々と訓練をこなし、ザックスとカードがいない時にはほぼ完璧に艦をコントロールした。艦長席にいる教導艦隊の大佐も、何も文句を言わず、訓練後のミーティングでもロイドに否定的なことは口にしない。

 ならこのまま乗組員に選ばれるのか、というと、二つの点でロイドにはその自信がなかった。

 一つは、自分の能力をそこまで過信も過大評価もできないこと。

 一つは、レイナ・ミューラーとすれ違ったことだ。

 短い会話で噂が事実だとわかったが、どうもレイナはすでにチューリングの乗組員の選抜をクリアして、逆に選抜する側にいるようだった。

 もしレイナが艦運用管理官をやるなら、ロイドには出番はない。

 それにロイドとレイナは幼馴染だった。二人を組ませることで、何かしらの連携を期待することもできなくはないが、それよりは全く違った視点の人間をレイナと組み合わせた方が、判断の幅が広がるだろう。

 それにロイドとレイナがお互いに何かを譲り合うのも、場合によっては害になるはずだ。

 そう考えれば、ロイドが訓練の後にミリオン級潜航艦に乗れる可能性は極端に低い。

 レイナを恨んでも仕方がない。彼はそう言い聞かせた。自分の能力の限界と諦めるまでだ。

 訓練は日を追うごとにどこかへ送り返されるものが出て、最後の一ヶ月を残した時には、すでに六十人を割り込んでいた。

 ここで驚きが二つあることを、ロイドは認めないわけにはいかなかった。

 ザックスとカードの二人は、六十人の中に残っている。それだけの好成績者なのだ。

 そして二人をそうさせたのは、途中からやってきた奇妙な人間で、若い青年はカプセルの中に浮かび、機械の四肢で活動する。名前はユキムラ・アート。

 この青年がチンピラまがいの民間人に、戦いのイロハを教えているようで、三人が揃うと無類の結果を出すのだ。

 ロイドは自分が最後まで残っているのに比べて、この三人の成績や結果は自分と比べると、輝きすぎるほどに輝いている、と自覚していた。

 それでも何かにしがみつくように、ロイドはまだ訓練に集中し、全力を傾けた。

 二番手に甘んじる人間でも、一番手になりたいこともある。

 チューリングは、冒険的任務は、すぐそこにある。

 手を伸ばせば届くところに。



(続く)

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