第4話 二番手の男

4-1 次席

     ◆


 昔から、お前は秀才ではある、と言われていたロイド・エルロにとって、次席に甘んじることはそれほどの負担ではなかった。

 首席になるのは天才の役目で、自分は平凡な人間のそれでも凡人の一番先頭にいるのだ。そう思ったりもするし、それが傲慢が過ぎると思えば、上々の結果で運が良かった、と自分に言い聞かせることもある。

 士官学校を選んだ理由は、純粋に宇宙に行きたかったからで、最初から宇宙軍志望だった。

 幼馴染にして同い年で、士官学校同期だったレイナ・ミューラーは天才だと最初からロイドにはわかっていた。そして安心もした。二番手になっても、それを惜しいだのなんだの、言われなくても済む。

 基礎訓練が一通り終わってから、ロイドは艦運用管理官候補生として、訓練の日々を送った。

 その立場の士官は、ある意味では軍艦の歩くカタログになることを求められる。本来は艦の状態を把握し、他の管理官たちのサポートのような立場だが、そのサポートには全ての知識が必要になる。

 艦そのもの全般にわたるカタログデータ、推進装置、姿勢制御装置、火器全般、機関に関する知識も、全てが必要である。

 ロイドは士官学校に入学してから、図書館へ入り浸り、ありとあらゆる知識を貪欲に取り込んだが、同じことをしている学生がもう一人、いた。正確には、ロイド以上に、知識を吸収し続けている学生である。

 それがレイナ・ミューラーだった。

 士官学校始まって以来の天才とも呼ばれ始めた彼女は、万能さを発揮し、本来はロイドと同じ艦運用管理官候補生にも関わらず、課外授業を異常なほど履修し、同時に索敵管理官と操舵管理官の受けるカリキュラムまで、手を伸ばしていた。

 人にはそれぞれに限界というものがある、とロイドは彼女と接する度に思った。

 ロイドの限界とレイナの限界には、開きがありすぎる。

 やがて時間が流れ、士官学校を卒業する時が来た。やはり首席はレイナ、次席がロイドだった。

「君の能力には脱帽だよ」

 ロイドとレイナと親しい仲間たちと一緒に、卒業式の後の個人的な打ち上げを開いたその席で、レイナにそう話しかけていた。

「常人の才能じゃなく、常人の努力じゃなく、つまり普通じゃない」

「たまたまだと思うけどね」

 あっさりとレイナは切り返し、優雅に酒のグラスを傾けた。ロイドはこの時、初めて会った幼い時を思い返し、面影はあるものの、別人のように成長した幼馴染を、まじまじと見ていた。

 辞令があり、ロイドは第九艦隊の駆逐艦で艦運用管理官の副官になった。階級は少尉である。

 駆逐艦ホプキンスの艦運用管理官はラッセン大尉という老人で、ホプキンスのことを全て知っている、と周りからは見られていたが、実際のところはいつも眠っているような風貌をしている。覇気はない。

 しかしロイドはこの老人にいくつかのことを学んだ。

 艦運用管理官という立場は、常に受け身で、場合によっては艦長の代わりに責任を負う必要もある。

 連邦宇宙軍が何を重要視して、この役職を設けたかの経緯は秘密資料で知らないが、艦運用管理官は、言って見れば艦長の職掌の一部を下請けするようなものだ。そう言ったのはまさにラッセン大尉で、場所は食堂の片隅だった。

「しかし艦運用管理官は、味方の危機を救い、勝利を呼び込める」

「でも戦果は艦長のものになる、ということですか?」

「それは艦長の人柄によるな。いい艦長に巡り会えば、自然と評価され、出世できるはずだ」

 ロイドはラッセン大尉を観察した。年齢はすでに六十を超えているだろう。叩き上げという噂だが、もっと昇進している兵士は大勢いるはずだ。軍歴が四十年を超えて大尉で終わりとは、成功した、と胸を張るのは、難しいだろうか。

 それから一年と経たずに、ラッセン大尉はロイドに役職を引き継ぎ、地球上のどこかの基地へ異動になった。噂は色々とあったが、ロイドはそれに耳を貸さず、ラッセン大尉も引き時を心得ていたのだろう、と思うに留めた。

 こうしてロイドは正式な艦運用管理官の職を、駆逐艦ホプキンスで得たわけだが、やってきた日々は退屈そのものだった。

 第九艦隊は月にあるいくつかの基地のうちの一つが拠点で、宇宙へ出るとしても訓練程度だ。それも身内で仮想の砲撃戦をやったり、追跡や撤退の真似事をするだけで、実戦とは無縁なのだ。海賊とのやりとりすらない。

 一桁の数字を与えられる艦隊は近衛艦隊とも呼ばれているが、まさしく、何かを守っているだけで、攻撃する部隊ではないのだと、ロイドははっきり理解した。

 その退屈な日々を乗り切るべく、ロイドは士官向けの講習会を可能な限り受講し、様々な知識を身につけようとした。

 そうすると、不思議とレイナと対面する場が時々あり、普段はほとんど連絡を取らないものの、情報交換することができた。

 彼女は一年の間に中尉になり、第八艦隊の駆逐艦の艦長の副官をしているという。さすがに出世が早い。

「どういう魔法を使ったわけ?」

「学習とその確認、そして実践」

 わかりやすい三つだが、どういう場で実践するのか、ロイドは視線で問いかけたが、この質問には答えがなかった。

 訓練と講習会、仲間との日々の中で、ロイドはどうにか中尉に昇進したが、その時にはレイナは乗る船が変わり、戦艦でやはり艦長の副官で、大尉だという。

 追いつきたいとは不思議と思わないロイドである。

 人にはそれぞれ、歩むべき道があり、上がれる階段と上がれない階段がある。

 そんな時、ミリオン級の噂が耳に入った。



(続き)

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