3-6 友人たち

     ◆


 ハンター中佐が何を狙ったのか、ユキムラにはよくわからなかったが、ザックスとカードは、一日が終わると記録室に向かい、訓練基地コルシカが撮影していた訓練艦を使っての実習の様子の映像を、毎日、確認していて、それにユキムラを付き合せるようになった。

 初めて会った時に口喧嘩していた内容がよくわかった。

 ザックスの艦砲の操り方は、喧嘩で言えば無手勝流に近い。ユキムラが事前に学習していた連邦宇宙軍の基本的な砲撃指南書にはないような手順を使う。

 例えば狙う標的との距離や相対速度で、狙っていく順番を決める手法が艦砲射撃の基礎にあるはずが、ザックスはほとんど手当たり次第に標的を破壊する。

 しかしこれが他の訓練生より短い時間で所定をこなす結果になり、ユキムラは基本が全てじゃないことを知った。

 似ているのはカードの操舵もそうで、カードが船を操ると、ほとんど性能の限界に挑んでいるような、極端な機動が頻繁に現れる。

 その代わりに、被弾する場面が極端に少なくなる。また所定の二つの地点を踏破するのに、他の訓練生より短い時間しか要しない。無駄があるようで、しっかりと距離や位置関係、推力や慣性が把握されているのだ。

 ただ、この二人が同じ船に乗り込み、それぞれに火器管制と操舵を受け持つと、どちらかが損をしてしまう。

 教官は二人を叱責する。射撃精度を下げる機動を取るな、機動を頭に入れて砲撃しろ、といった具合に。

 そして二人は教官がいなくなり、記録室に直行すると記録の映像を見ながら、ああでもないこうでもないと意見をぶつけ合い、それが夕食の席にも及び、訓練生が休む四人部屋で別の部屋に別れるまで、この議論が食堂で延々と続く。

 もし同じ部屋だったら、消灯時間か、消灯後も話し続けるかもしれないほど、二人とも引く気配がなかった。

 なんにせよ、そこにユキムラという三つ目の視点が入ったわけで、この二人の答えの出ない議論に引き分けではない要素が生まれたのだった。

 最初こそ遠慮していたが、ユキムラは自分の意見を口にし始めた。

 ザックスの砲撃の癖を分析し、カードの操舵の癖を分析する。それをそれぞれが頭に入れれば、効率はより上がるはずだ。この理想形のイメージを、ユキムラはオーランドー研究室で開発された思考出力システムで、記録映像に印をつけて、伝えてみた。

 最初こそ、そんな理想通りにはいかん、と二人ともが揃って反発したが、日々を重ねるうちに、ザックスとカードの連携は徐々に好転し始め、少しまともになり、並になり、そうして完璧な形が、実際に目の前に現出するに至った。

「ユキムラはどこで勉強したんだ?」

「そこらの教官よりもまともな教官だ」

 いつの間にか口論することも減り、お互いに否定的なことを言いながら認め合い始めた男二人である。

 質問されたユキムラは正直に答えた。

「独学ですね。ずっと病院で、時間だけはあったので。お二人の特徴に気づけたのも、空間ソナーのおかげです」

 よくわからんなぁ、と大の大人が首を傾げるのがおかしくて、ユキムラはくすくすと笑った。いつの間にかこの二人の前では、ユキムラも自然に振る舞えるようになっている。

「なんにせよ、このデタラメトリガーハッピー野郎と同じくらい、お前の目は信頼できるな、ユキムラ」

「俺もこのじゃじゃ馬操舵士と同じくらい、ユキムラの目は信頼できるな」

「ありがとう」

 そう答えながら、ユキムラは何かが熱くなるのを感じた。目頭って奴だろうか、と思うが、ユキムラは涙を流した記憶がなかったし、すでにその機能は無いに等しい。

 事実、もし涙が流れても、カプセルの中の液体に溶けて、消えただろう。

「この三人で船に乗れたら、面白いだろうなぁ」

 ザックスが記録室の大人数向け閲覧ブースの天井を仰ぐ。もちろん、そこに何かがあるわけでは無い。まったくだ、とカードが賛同して同じように天井を見るとので、思わずユキムラはカメラを操作して頭上を確認していた。

 途端、機械の腕が二箇所、同時に叩かれ、体がかすかに揺れる。

「何も無いよ、ユキムラ。お前をからかっただけだ」

「やっぱり引っかかったな。経験不足だぞ、箱入り息子くん」

 ユキムラは怒りよりも、嬉しさが先に来た。この二人はいつの間にか、ユキムラを友人のように思ってくれている。

 ユキムラは対等な友人というものが、今までできたことがなかった。

 接する人間は医者か、看護師か、研究者か、技術者か、記者か、そんなところだった。

 でも今、こうやって軍人の訓練施設に混ざって、奇妙な二人組だが確かに仲間ができたことが不思議でもあり、高揚感を伴う満足に似た感覚を彼の中に生み出していた。

 こんなに恵まれてもいいのだろうか、とユキムラは不安にもなる。

 病室から飛び出して、宇宙の真っ只中で、新しい生活と、本当の友人を得て、それでもうあとは不幸しか残らないのではないか。

 こんなに幸運ばかり起こると、後が不安になる。

「訓練もあと一ヶ月くらいだろう」

 ザックスが立ち上がり、拳を突き出す。

「採用されなくても恨むなよ」

「お前こそな、ザックス」

 カードが拳を突き出し、ザックスの拳に添える。そうした姿勢のまま、二人がユキムラを見る。

「お前もだぞ、ユキムラ」

「なんだかんだで、お前が一番、有望かもな」

 二人が拳を下さないので、恐る恐る、ユキムラは三本の指しかない拳を突き出し、二人のそれに触れ合わせた。

 ぐっと三人が拳を押し付け、離した。

 秘密裏に行われている訓練は、程なく終わろうとしていた。



(第三話 了)

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