2-2 犯罪者の訓練生

     ◆


 管理艦隊に所属する訓練艦はカワバタとミシマの二隻だ。

 その二隻が模擬戦闘を行っているのを、レイナはハンター中佐と並んで眺めていた。場所は訓練基地コルシカの管制室である。大勢の兵隊が操作卓を前にして仕事をしている。

「やるものですな、どちらも」

 そういったのはハンターの背後に控えている初老の少佐で、訓練の監督をしていると自己紹介された。柔和そうな男で口調も優しい。

 今、カワバタとミシマは艦砲戦の最中だが、仮想の粒子ビームがやりとりされるだけで、実弾は少しもない。ただし管制室のメインスクリーンには粒子ビームが再現されているので、映像は実戦さながらだ。

 奇妙なのは、カワバタが激しい機動で運動を続け、ミシマがそれを狙い続けている、という形が変化しないことだ。

 カワバタに乗り込んでいる訓練生の操舵技術は並ではない。一方でミシマの火器を操っている誰かも並の腕ではなように見える。不規則で大胆な運動を続けるカワバタに、常にミシマは攻撃し続けている。それをカワバタが際どく避けているのが、終わりなく続く。

 しかし勝敗は明らかだ。片方は逃げ回り、片方が攻撃を続けるわけだから。

 攻撃しない側が勝てるわけもない。

「おっと、こいつは」

 思わずといったようにハンター中佐が呟いた時、急転針したカワバタがミシマに急接近する。コルシカの管制室でざわめきが起こり、怒鳴り声が交錯する。

 直後、電子音が鳴り、メインスクリーンには「事故防止のための安全装置が起動しました」と表示された。

「自滅、ですかね」

 レイナが率直に疑問をぶつけると、ハンター中佐は嬉しそうにしわを深くして笑っている。

「勝てないはずの戦いを、捨て身で引き分けに持ち込んだ、というところだろう」

 ハンター中佐は教官役の少佐と二言三言の会話の後、コンソールの一つを借りて、訓練生のデータを眺め始める。こうなると長いことをレイナはすでに理解しつつあり、大人しく待つことにした。

 ただしぼうっと立ち尽くしているわけにもいかず、ハンター中佐の隣の端末を借り受け、やはり訓練生の評価を閲覧した。

 様々なところから訓練生が集まっており、地球、月、火星とバラバラだ。

 訓練生の総数は三百人ほど。選ばれるのは一割ほどか。

 次々とデータを見ていくうちに、一人の名前に目が止まった。思わずレイナは目を丸くして、その名前を三回ほど、繰り返して確認したが、確かに知っている名前だった。

 どうしてここに、と思うが、それを言ったら自分だってここにいるのは意外だろう、とレイナは自分で自分に言い聞かせた。未来がわかるものはいないのだから。

 ハンター中佐の横に例の少佐が立ち、「待たせてあります」と短く告げる。礼を言ってハンター中佐が立ち上がったので、レイナも席を貸してくれた管制官に礼を言って、彼を追った。

 向かった先は面会室で、ハンター中佐に続いて入室すると、二人の男性が待ち構えていた。彼らは敬礼をするのでもなく、それぞれの視線でハンター中佐とレイナを見た。

 年かさの方、四十代だろう男性は射るような視線で、少しだけ若い方の男性は、どこかふざけているような色が瞳にあった。共通しているのは、だらしなさだけ。立っていても直立ではなく、どこか斜めに立っているように見える。

「少しは軍隊のやり方に慣れたかな、二人とも」

 特に気にした様子もない中佐に、ちらっとレイナは視線を向けた。中佐は見もしない。

「まあな。しかし手応えがないな」

 先に答えたのは攻撃的な方で、もう一人は肩をすくめるだけで無言。

「とにかく座ってくれ。ああ、レイナ大尉は初対面だな。物騒なのがザックス・オーグレイン訓練生、チャラチャラしているのがカード・ブルータス訓練生だ」

 レイナ・ミューラー大尉です、と手を差し出すと、ザックス訓練生は眺めただけで握ろうとしない。そのレイナの手をサッとカード訓練生が握り、上下させた。

 四人で向かい合い、話が始まるがハンター中佐がさっきの訓練のことをいきなり話し始めた。レイナは何もわからないまま、ハンター中佐がそれぞれカワバタとミシマを褒めている横で、いったいこの会話はどこへ落ち着くのか、不安にもなった。

「ザックス、さすがにカードの操艦には参っただろう」

 唐突に訓練生が名前を呼ばれるが、その苦り切った顔の当のザックス訓練生は、横にいるカード訓練生を睨みつけている。

「あの運動はてめえの仕事か?」

「そうだよ」あっさりとカード訓練生が応戦する。「もしかして、あのしつこい砲撃は、あんたのやり口か。シミュレーションじゃなければエネルギー切れか、砲塔がいかれただろうな」

「ふざけるなよ、最後は失敗して衝突寸前だっただろうが」

「こっちはまともな火器管理官がいなくてね、反撃は不可能だった。だから引き分けにしたのさ」

 気にくわねぇ、と呟いてザックス訓練生がそっぽを向く。

 やっとレイナにも事情がわかってきた。この二人の訓練生、ザックスがあの執拗な砲撃を実行した火器管理官で、カードはそれをうまくやり過ごそうとした操舵管理官の役目を負っていたわけだ。

 しかしこの二人は見るからに軍人ではないことにも、レイナは気付いた。どちらも階級がないのだから、民間人だろうか。

「火星で穴を掘るよりは楽しかろう」

 出し抜けにハンター中佐がそういうと、まあな、とか、その通り、と二人の訓練生は応じている。穴を掘る?

「お二人はどこの所属ですか?」

 堪えきれずにレイナが問いかけると、二人の男はピタリとユニゾンして答えた。

「火星の強制労働所だ」

 なんてこと、と危うく口にしかけたが、レイナはそれをどうにかこうにか飲み込んだ。

 しかし、強制労働所?

 ハンター中佐は、犯罪者を軍艦に乗せるつもりなのか?

 様々な疑いに支配されたまま、レイナはハンター中佐が二人の訓練生と操艦や火器管制について話しているのを、どこか遠い世界の出来事を見ているような気持ちで、眺めていた。



(続く)

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