2-3 才能次第

     ◆


 説明していただけますか、という自分の声がとげとげしいことに、レイナ自身も気づいていたが、それは真っ当な感情だろうと意識した。

「何についてだね? 例の訓練生だろうが」

「その通りです、中佐」

 その先の言葉を慎重に選ぶために、彼女は一時的に目の前のテーブルにある保存食をじっと見据えた。そこに何かの興味があるわけでもないが。

 場所は宇宙基地カイロへ戻る途中の船の中だった。小さな形だけの食堂で、二人は机を挟んでいる。

 顔を上げて、まっすぐにハンター中佐を見て、レイナは切り込んでいった。

「強制労働を課されている犯罪者を、最新鋭艦の乗組員にするのですか? しかもあの訓練に参加している二人は、下士官待遇のものを選抜している訓練の対象ですよ」

「言われなくてもわかっているよ、大尉。しかしきみも見ただろう、あの訓練艦の様子を」

 カワバタとミシマのやり取りは、確かに見た。

 どちらも一流の操船技術、そして射撃技術だった。

 しかしそれで犯罪者だという経歴を帳消しにできるだろうか。

「他の軍人たちと共存できるか、疑問に思います。強制労働ということは、海賊行為か何かをしたんでしょうが、それで犠牲になる船乗りや軍人もいるのですよ」

 つまらなそうに栄養とカロリーが調整されたゼリーをフォークの先で切り分けつつ、ハンター中佐が応じる。

「逆の立場ならどうだね」

「逆とはなんですか」

「海賊からすれば、連邦宇宙軍の兵隊は、仲間を殺した存在にあたる。そう考えれば、海賊も宇宙軍も、立場が違うだけで同類だ」

 この老人は何を言い出したのかと耳を疑いながら、まじまじと視線を返すレイナに、やっと顔を上げたハンター中佐は何が嬉しいのか、ニヤニヤと笑みを向けた。

「君は軍人として立派な経歴を持っている。それはつまり、殺人行為に手を貸したことにならないかな。君が管理する艦の砲撃で、海賊の船の一部が消し飛び、乗組員が死ぬ。そういう現実を君はどう解釈する」

「正義の行使です」

 即答するレイナに、ハンターはちょっと唇を尖らせる。

「正義のためなら何をしてもいいのか?」

「悪を働けば、何をされても文句は言えません」

「君が悪かもしれない、と私は言っている。わかるかな、大尉。人を殺すことに正義も悪もない。ただ悲劇があるだけだ。もしくは自己正当化をどういう手順で行うか、だ。軍人だから許される、相手は海賊だから許される、そんな風にも処理できるし、実際には引き金を引いていない、実際の指揮権は自分にはない、そんな風にも処理できるな」

 やはりこの老人はどこかで頭のネジが取れたのではないか。

 もう何も言わず、レイナはじっと目の前で切り分けたゼリーをスプーンで口に運ぶ老人を見据えた。怒りを隠そうともせず、むしろ怒りを伝えるために。

 さすがに耐えきれなくなった老人が、わかったわかった、とバンザイする。降参してほしいわけじゃない、と危うくレイナは言いそうになった。

「正義と悪について議論するのはよそうじゃないか、大尉。私は最良の乗組員を求めている。軍人の中に素質のあるものはいるだろう。だが、あの囚人の二人より劣るような軍人を、私は必要としない。才能が全てだ」

「ですから、彼らは艦に馴染めず、周囲に悪影響があるだろうと、私は言っているのです」

「訓練の中に限定された空間で、少人数で、かつ長期間、共同生活する内容のものがあるだろう。あれをクリアすれば、問題はない」

 もう一歩、踏み込もうとしたが、さっとハンター中佐が手のひらをレイナに向けて、言葉を押し留めた。

「今もすでに彼らは軍人たちに混ざっている。彼ら自身も、周りの奴らも、君の推測の通りに進めば仲違いを起こして、到底、訓練を続けられないだろうし、評価もされない。それで良しとしようじゃないか。結果が全てだ。良いね」

 自分の意見を逆手にとられて、まるで自分の剣を奪われて切られた気持ちになりながら、レイナは妥協することにした。

 宇宙海賊の存在は、連邦宇宙軍の中では憎悪の対象になることが大半だ。連邦宇宙軍の公な交戦相手の九割が宇宙海賊であり、そこにしか実戦はないとされている。それはそっくりそのまま、戦死者は海賊に殺された、という文法になる。

 宇宙軍の常識が犯罪者を蹴落とすことを期待して、レイナは矛を収める気になった。

「次の予定は、なんですか?」

「私の弟子に引き合わせるよ。新型の推進装置と一緒にカイロに来ているはずだ」

 腕時計を確認し、少しの余地があるのを確認し、もう一点、レイナは確認することにした。

「ロイド・エルロという中尉が訓練生の中にいましたが、ご存知ですよね」

 今度はハンター中佐は失笑した。

「君なら気付くとは思っていた。確かに、艦運用管理官の候補生として、訓練に参加してもらっている。君との関係も知っている。ちゃんと調べたからな。だが特に他意はない。さっきも言った通り、優秀な人材が欲しいんだ」

 そうですか、と応じるしかないレイナである。

 ロイド・エルロはレイナと同じ年の士官学校卒業者で、次席である。それよりも前から二人は知り合いで、奇妙な縁に結ばれているらしく、一番最初に立ち戻ると、三歳の時にレイナが家族と生活していた家の隣に、やはり三歳のロイドを連れて彼の家族が引っ越してきたのだ。地球の田舎町でのことである。

 つまり、正真正銘の幼馴染である。

 士官学校を卒業してからは、何度か講習会で顔を合わせて、話もしたが、しばらくは会っていない。

 彼と同じ船に乗るのは、どこか変な感じがする。レイナはそう考えながらも、どこがおかしいのか、それがよくわからなかった。

 結局、食事が終わってもレイナは答えを出せなかった。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る