第1話 新艦長に機関士上がりを
1-1 ミリオン級潜航艦を引き継ぐにあたり
◆
ハンター・ウィッソンという男性は、すでに六十歳を目前にしているが、がっちりとした体つきとギラギラした瞳には威圧的なものがある。
そんな彼が軍服を着ると、歴戦の勇者だと誰もが連想するほど、よく似合う。
連邦宇宙軍の木星外縁に存在する宇宙基地カイロの通路を、彼はのしのしと歩いていた。基地内では人工重力で地球と同程度の力が、全ての乗員と全ての物体を保持している。
一つの扉の前で立ち止まり、その横にある認証装置に手のひらを当てる。ほとんど同時に電子音が鳴った。小さなモニターに「承認しました。ようこそ、ウィッソン中佐」と表示されている。これがアポイントメントのない場合だと、事務用人工知能に音声入力で話さないといけない。
ドアが開き、会議室の真ん中に進み出て、ハンターはラフに敬礼をした。彼の前には五人の将官がいた。管理艦隊司令官とその幕僚である。
「もっとしゃっきりできないのかね、中佐」
どこか錆び付いた金属を思わせる響きの声で、司令官であるエイプリル中将が言葉を向ける。
「必要な時にはそうします、閣下」
もういいと言わんばかりにエイプリル中将の身振りがハンターの姿勢を楽なものにさせる。同席している二人の少将と二人の准将も、呆れてはいても怒りの雰囲気はない。この老境に差し掛かった中佐は誰に対してもこの調子なのだと知っているからだ。
「それで何かご用があるとか、司令官」
「ミリオン級は知っているか?」
単刀直入に切り出されても、ハンターは少しも驚かなかった。予想していたわけではなくとも、この程度の驚きに戸惑っていたら、将校失格だ。
「新型の潜航艦ですな。三隻しかない、絶滅危惧種」
この、絶滅危惧種、という表現に、参謀の一人のポートマン准将が眉をぴくつかせた。
「中佐、滅多なことは言うな」
「は? もしや絶滅したのですか?」
冗談半分に言い返すハンターに、ポートマン准将はさすがに怒りを覚えたようだが、隣の席のキッシンジャー准将に腕を掴まれ、どうにか激発するのを免れた。
「閣下、用件をお教え願います」
ポートマン准将を完全に無視してエイプリル中将を見るハンターに、五人五様の視線が向けられる。答えを口にしたのは、クラウン少将だった。
「ミリオン級は健在だが、すでに一隻、任務を終えた」
終えた、という言葉に危うくハンターは笑いそうになった。もしここで笑えば、空気が悪くなりすぎる、と思い直して、殊更に真面目な顔を作ったが、言葉までは注意が回らなかった。
「伝え聞いたところでは、長い航海になるはずでしたが?」
そうだ、とクラウン少将が頷く。
「敵性組織の攻撃を受け、帰投した。現在は補修を受けている」
沈まなかっただけ儲けものだろう、と無言の中でハンターは思考した。
ハンターが趣味として収集していた情報では、ミリオン級は土星辺りにいる敵性組織、独立派勢力の状況を秘密裏に探索する、という任務が課されたはずだ。実際にどんな任務を帯びているかは、はっきりしない。
ただ、ミリオン級は革新的な性能を持っていて、機密保全の必要が徹底されているだろうと想像できた。それには、拿捕されるくらいなら自爆する、という意味も含まれる。
それがちゃんと帰投したのだから、最悪の展開、悲惨な犠牲は生まれなかったことになる。
「一番艦のチューリングだ」クラウン少将が続ける。「艦長のバスク大佐以下、士官と下士官は全て艦を降りる」
そう言われて、さすがにハンターも話の流れがわかってきた。わからないわけがない。
「ミリオン級の話を私にされて、しかもその艦が指揮官不在で、そこまで道筋ができているとなると、どこが終着かわかろうというものですな」
皮肉というより、悪あがきに近い言葉を口にするハンターに、エイプリル中将が頷く。
「中佐、きみにチューリングを任せる」
「中将閣下は、私がただの機関士あがりの士官だとご存知ないのですか?」
「しかし技術はある。部下は自由に選べるように取り計らう。無制限に、とまではいかないがね。そしてきみは大佐に昇進だ」
やれやれ、と思わずハンターは首を振った。昇進すれば退官後にもらえる年金がわずかに上積みされるが、しかし危険が大きすぎる。ミリオン級は、連邦宇宙軍の全体でもほとんど唯一の「本格的な」実戦部隊の管理艦隊の中でも、おそらく一番の危険の中に飛び込むのだ。
「実は一人、民間から指揮官を登用した」
そのエイプリル中将の言葉に、ハンターは彼をまじまじと見た。
「三番艦のチャンドラセカルを指揮している。現状はわからないが、いくつか収穫を上げているようだ」
収穫、という表現は曖昧だったが、密輸船の拿捕か、敵性艦の無力化などだろうか、とハンターは想像した。いや、その程度は収穫ではないか、などと打ち消すことになったが。
「私も民間人を選んでもいい、ということですか?」
自分で口にして、そんなことを言っているようでは、話を受け入れたようなものじゃないか、と心の内でつぶやきながら、ハンターは確認せずにはいられなかった。そして、その通り、とエイプリル中将が頷く。
「元からミリオン級の乗組員は厳しい選抜で選ばれている。それはもちろん、士官や下士官もだが、訓練が全てではないことは今回の件で私たちも身にしみたよ。ウィッソン中佐、きみの慧眼に期待する」
最近は老眼が酷くて視力矯正手術の必要性を医療部門から再三、通知されているハンターである。しかしこれを機に、視力矯正をするのも悪くないかもしれない。
「どうなっても知りませんよ、司令官閣下」
諦めて万歳してみせる無礼な中佐に、寛容な管理艦隊司令官は頷き返した。
「時間はまだたっぷりある。ミリオン級のアップデートが終わるまでに、部下を集めるように」
了解です、とハンターは形だけ、式典に出しても恥ずかしくない敬礼をして見せた。
(続く)
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