1-2 乗組員
◆
ハンター・ウィッソンの楽しみは情報収集で、これが非常に広範に渡る。
彼はカイロに召集されるまでは、管理艦隊を構成する八つの分艦隊の一つに属する戦艦で生活していた。今はその居室に溜め込まれていた大量の記憶装置は、カイロの執務室に移されているところだった。
引越しを請け負ったのはハンターの弟子に当たるウォルター・ウィリアムズという少尉だった。彼も機関士である。
本来はウォルター少尉には仕事があったが、有給休暇を申請し、この敬愛する老人にくっついてきたが、思わぬ重労働に閉口していた。こんなことなら部下も動員するべきだった、と汗まみれの顔が無言のうちに語っていた。
全ての荷物が執務室に移されて、ハンターは弟子を食事に誘った。待ってましたとウォルター少尉がわざとらしく額の汗を袖で拭う。
ハンターたちはカイロの中にある軍人向けの食堂で、向かい合って席に着いた。
「で、親方はこれからどうするんです?」
ウォルター少尉の言葉に、ハンターはあっさりと答えることにした。この弟子を手放す理由がないからだ。
「ミリオン級の艦長に内定したんだよ。迷惑な話だがね」
「ミリオン級? えっと、潜航艦の新しい奴ですよね。最新の循環器システムを積んでいるはずの。それを親方が艦長ですか? 機関管理官ではなく?」
「機関管理官はお前だよ」
目を白黒させるウォルター少尉に、ハンターはエイプリル中将の話をおおよそそのまま伝えた。ハンターにはとりあえず、ミリオン級潜航艦一番艦チューリングに関しては、人事に強い決定権があり、それを行使すればウォルター少尉を引き抜くのも不可能ではない。
「困ったなぁ。だって、ミリオン級といえば、全く外に漏れない秘密任務に就いているんでしょ? 僕は本当は陸で研究職に就きたいんですよ」
「自分で言っただろう、あの艦には最新の循環器システムが搭載されているんだ。それを弄れるなんて、滅多にないことだと思うがね」
それでもなぁ、参ったなぁ、などと言いながらも、嬉しそうに髪の毛をかき回す少尉に、おおよそハンターは満足した。これで一つは席が埋まった。そして信頼できる部下も一人確保だ。
二人は食事を終えてから酒場へ移動し、ほどほどに酒を飲み、別れた。
執務室に戻り、来客を迎えるはずのソファに寝転がり、ハンターは携帯端末を取り出し、音声入力をする。
最初は、士官学校、表彰、などと言葉を並べていく。
携帯端末が空中に投射したいくつもの個人情報を、空いている手でなぞって消していく。
かれこれ一時間ほどそんなことをしているハンターは、酒のせいもあって強い眠気に逆らえず、瞼が落ちかかると何度も瞬きをして、軽く首を振って意識を取り戻した。しかし結局は、日付が変わる頃には眠っていた。
目が覚めた時、ハンターは端末を床に落としており、それよりも尿意が彼を覚醒させていた。それを解消してからソファの横に落ちている端末を拾い上げる。
自動でスリープモードだった端末が再起動すると、空中に四つの窓が浮かび上がる。
立ったままそれを確認して、ふむ、とハンターは頷いた。窓のうちの一つを選んで、よくよく個人情報を確認する。
悪くないじゃないか、と呟くと、ハンターは端末をローテーブルにおいて、身支度を整えた。新しい軍服で部屋を出て、食堂でさっさと食事を済ませる。
部屋に戻ってきて、彼は一通のメールを送った。返事が来るまでの時間で、また端末を手に取り、音声入力で様々な指示を飛ばす。
ハンターの携帯端末は彼の執務室の一角を占拠する箱、記憶装置の山と無線でつながっており、三十はくだらないその箱の中には一つにつき十近い記憶装置が詰まっている。
彼の情報収集は軍の内部に止まらず、情報ネットワーク上に流れてくるトピックスをおおよそ全て網羅している。実際には簡易人工知能に自動で目ぼしいデータを集めさせているのだが、これは大抵の人間は信じないが、ハンター自身はその膨大な情報の半分には目を通していた。
だからどこで海賊が横行しているとか、重大な犯罪の情報とか、芸能のゴシップにも政治家のスキャンダルにも、不自然なほど精通している。
そんなありとあらゆる情報から、ハンターは乗組員を集めるつもりだった。
もちろん、軍人で相応の実力の持ち主がいるのなら、それを選ぶのもやぶさかではない。それに民間人を集めても、どうせ出航までの間に過酷な訓練が課されるわけで、それに耐えきれなければ、ふるいにかけられてそれまでになるだろう。
昼食に行くか、と思っている時、メールの返事が来た。超遠距離通信によるリアルタイム交信の可能な時間帯が表示されている。着信までのタイムラグのせいだろう、その時間にはあと三十分もすれば差し掛かる。慌ただしいが時間は節約したいハンターである。
もう一度、制服をチェックしてから、ハンターは通信室へ向かった。広い部屋で、いくつかのブースが並んでいる。そのブースの中からの声は全く外へ漏れない仕様だった。
超遠距離通信の端末の一つを借りて、ハンターは地球にほど近い場所にいる相手を呼び出した。交換手が出て、すぐに目的の人物を画面に出してくれた。
若い女性で、敬礼をする手、その細い指が変に華奢に見える。
『レイナ・ミューラー大尉です。ハンター・ウィッソン中佐ですね?』
「そうだ」
どう切り出そうか、とハンターは考え、しかし黙っているわけにもいかないがために、ほとんど乱暴な手順で話を進めることにした。手順というより、全ての手順を吹っ飛ばしたのだが。
「きみを引き抜きたい、と思っている」
沈黙の後、はあ、というのがレイナ大尉の返事だった。全く事情が飲み込めないのは、表情にはっきり現れている。
どう説明するべきだろう、と考え、ハンターは髭を自由に伸ばしている顎を撫ぜて、改めて言葉を探した。
(続く)
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