第1部 エピローグ

才能を持つ若き作家に敬意を表して

 作家であるところのレオ・カエサルの代表作にして処女作である「人類未踏の宇宙において」は、そのリアリティにおいては評価されるが、作中の登場人物に関しては、極端に記号的で、平凡な創作の領域を出ないと見られていた。この作品は青少年向けの冒険小説の領域に留まり、当時の社会問題、地球連邦の支配領域と独立派の活動領域のせめぎ合いや、軍内部の諸問題などは、ただのシチュエーションに堕して、創作の上で都合よくアレンジされている、とされた。もしこの小説の読者が、描かれていることの一部でも現実をストレートに反映していると聞かされても、容易には信じないのは、作者のエンターテイメント性の発露、言ってみればサービス精神と、情報や事実を巧妙に改変したことによるだろう。

 この小説が人類社会に一石を投じたとすれば、それは宇宙には国境もなく、それどころか目印になる川や山もない、という事実が明確になったことだ。はるかに古い時代には、異民族からの襲撃を防ぐための巨大な壁、宇宙からでも見える壁が作られたが、これを宇宙において行うことは不可能である。この山を、この川を境界線にしよう、などということも、宇宙空間では容易には成立しない。まだ人類の技術、資源、努力、そして時間が、明らかに足りていないのは、歴とした事実である。よって、人類はこの、無限に広がるが故に、宇宙の果ての果てまで進んだとしても、線引き不可能という問題に対して、しばらくは局地的であり、受動的な防御を目指すしかない。現実にそこへ強行着陸したことは、おおよそ正しい認識であり、観察であろう。

 もう一点、作中における土星周辺の宇宙を秘密裏に探索する秘密艦の日々は淡々としながら、それはいかにも日常で、乗組員たちがなんら特別ではないことを示していると見ることができる。軍隊とは基本的には能力を持つものが集まり、それは所定を、適切にかつ的確に完遂できるのが軍人の最大の素質になろう。その点、ここで描かれる艦とその乗組員たちは、出来過ぎな、過不足のない、職人としての職責を、等しく、疑ぐりようもないほど、スマートにこなしたのも、青少年向けの明快さとは言えども、創作として評価するべきだろう。それは創作でありながら、連邦宇宙軍に対する見方、世論を上向かせることに貢献した。

 ただし、人間はまだ宇宙のことを何も知らない。独立分子との争いは現実の問題である。しかし連邦宇宙軍は限られた場所に検問も張れず、防壁を巡らせることもできず、離れた基地の間で艦船を行き来させているに過ぎない。連邦宇宙軍のやっていることは、実際的に見れば、ほとんどのもの、艦船、物資、人々が自由に素通りができる網のようなものを広げているくらいのものだ。そこにはなんの効力もない。それは、支配とははるかに程遠い、ある意味でずさんな、ある意味で分相応の形と見るよりない。

 このレオ・カエサルという作家は、宇宙の実際、大きすぎる未知の領域と、そこで生きている特殊な人々、さらに言えば、地球連邦の手が届かないところで、独立を目指す組織が、そこにはあるという事実を描き出した。創作でありながら、しかし現実と隣り合わせの真実として、はっきりと世に発信したのは、作家というよりジャーナリストに近い行動だが、これは彼がジャーナリストを本職としていたことと無関係ではないはずだ。

 独立勢力とか、土星勢力と呼ばれる組織、彼らが確立しつつある非支配宙域、そうでなければ被支配宙域は、現実の問題であり、この無名のレオ・カエサルという若者がこれから何をどのように活写するのか、世界のもつれ合った糸をどう解きほぐし、どんな形に示して見せるのかは、非常に興味深く、氏の今後の著作に最大限の期待をする。



 火星赤土新聞に寄せられた書評家「マルコ・カイゼル」の書評文より抜粋。

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