10-4 再び

     ◆


 ユリシーズ社の自分のブースで記事を書いているところへ、局長からの呼び出しがあった。

 局長の部屋に入ると、「お前に特別な話が来ている」と切り出された。

「なんですか? どこからです?」

「連邦宇宙軍の管理艦隊だ」

 ハッとしていた。

 ヨシノくんの働きかけが、うまくいったのだ。

 表情からできるだけ感情を消して、局長の次の言葉を待った。

「管理艦隊で従軍記者として、お前を指名してきた。今度はこちらからの売り込みとは違うから、断ることもできるが、どうする?」

「乗り込む艦に関する情報はありますか?」

「それを知ることができるのは、宣誓書に署名してからだ」

 しますよ、と応じる前に、局長の方から六通の宣誓書が差し出された。

 きっちりと読み込んで、問題がないのを確認し、素早く署名した。

「この書類が受理されるまで一ヶ月ほどだ。おそらく受理される。仕事はどうなっている?」

 今、俺はチャンドラセカルのことを書いた連載を担当していて、それほど長い記事ではないが、全部で十八回が予定されていた。つい数日前、十六回目が更新され、記事は十七回目の分は書き上がっている。

 それを話すと「さっさと最終回を書け」とのことだった。

 俺は部屋を出て、ブースで端末のキーボードを猛然と打ち始めた。

 記事は翌日には完成し、提出した。直しの必要はないだろう。他の奴でもできる。

 雑多な仕事をこなしているうちに、宇宙軍からの連絡があり、ライアン・シーザーを公式な管理艦隊従軍記者とする、と伝えられた。

 仲間たちがちょっとした宴会を開いてくれた。

 深夜に帰宅してから超特急で荷造りをして、翌日には局長に挨拶をしてから、会社を出て、空港へ向かった。

 衛星軌道上の宇宙空港に着いた時、俺の携帯端末に連絡が入った。知らないアドレスだ。

 受ける。

「もしもし?」

『こちら、オリエント・ブックスの編集者で、カインドというものですが、ライアン・シーザーさんでお間違いないですか?』

 どきりと、心臓が跳ねた。

「ああ、間違いないです。俺が、ライアン・シーザーです」

『あなたが書いた文章を読みました。「誰も知らない宇宙戦争」というものです』

 それは俺が三ヶ月の休暇をとって書いた、チャンドラセカルでの出来事を下地にした、創作だった。

 学生時代、少しだけ文章を書くことに興味を持ったことがあったが、あの頃はうまくいかなかった。

 だから、オリエント・ブックスという出版社に送りつけた「誰も知らない宇宙戦争」と名付けた小説が、実質的には俺の処女作になる。

 カインドという編集者の男は、簡単に俺の作品を褒めると、

『もしよろしければ、直接にお会いしたいのですが』

 と、言い出した。

 なんてこった。タイミングが悪い。

「あー、いや、ちょっと仕事で遠くに行くことになっている。帰ってくる時期も未定だ」

『そうですか。うちでは編集長もやる気になっています。文章データのやり取りは可能ですか?』

 木星へ行くまでは恐らく可能だろうと当たりをつけた。

「二ヶ月程度が限度です」

『十分でしょう。その間に、作品を直していきましょう』

 そんな具合で、唐突に俺は小説の手直しを、まったくやったことのない仕事を、することになった。

 通話が切れるのと同時に、最初の修正点が記載されていますと編集者が言っていた原稿のデータが戻ってくる。ちらっと見ると、それほど多くの修正は必要そうではない。

 宇宙空港で、木星行きのシャトルが到着するのを待つ間に、もう作業を始めていた。

 アナウンスが流れ、作業を止めて、待ち合いの椅子から立って荷物を手にゲートをくぐる。

 シャトルに乗り込み、自分の席を探す。

 そこを見て、思わず動きを止めていた。

「お久しぶりです、ライアンさん」

 そこにいる青年はやっぱり背広を着ていて、長い間、会っていなかったのが、まるでつい昨日、別れたかのような錯覚を覚えた。

「ヨシノくん」自分の席に座りつつ、彼を見る。「このシャトルでどこへ向かうんだ?」

「決まっているじゃないですか、木星ですよ」

「仕事か何かか?」

 そんなところです、と彼は笑う。

 それから俺たちは一時間ほど、別れてから今までにあったことを話した。

 ヨシノくんは地球で、戦死した乗組員の遺族に会いに行ったが、自分が艦長だとは言えず、結局はその場限りの嘘をついてしまった、と話していた。祈ることはできた、とも口にした。

 その後は地球各地の研究所を巡り歩いていたらしい。理由はよくわからない。

 俺の方は話すこともそれほどなく、しかし思い切って、さっきの連絡、小説の話をした。

「へぇ、凄いじゃないですか」

「まだ実際に出版されると決まったわけじゃない」

「忙しそうですね。僕は黙っているので、早く作業してください。出版されたら、ぜひ、読ませていただきます」

 そんな具合で、俺たちは隣り合った席で、それぞれに過ごし始めた。俺は一日に十六時間、端末を操作し、修正が終われば出版社へデータを送り、出版社もこちらの事情を察してか、比較的早く返事をよこす。

 ヨシノくんはやっぱり紙の芸能雑誌を読んだりしていた。

 船の中での旅は二ヶ月で、余裕を持って俺と出版社のやり取りは終わった。あとの装丁やらなにやらは出版社が決めてくれるらしい。

 シャトルが木星の宇宙空港に着いて、ヨシノくんとは別れた。

 俺は軍が用意したシャトルに乗り込み、発進を待った。

 そこへ一人の士官がやってくる。

 パリッとした制服と、大佐の襟章。

「隣に座りますよ」

 俺は笑みを見せて、手で空席を示す。

「どうぞ、ヨシノ大佐」

 ヨシノ・カミハラ大佐はニコニコと俺の隣に座った。

「実は」

 シャトルが発進してから、ヨシノ大佐が話し始めた。

「地球では、新型の推進装置の様子を見てきました。より痕跡が少なくて、強力な奴を。まさに、ありとあらゆる試作機を見た、って感じです」

「そんなことを俺に漏らしていいのですか?」

「どうせ、実物を見るんですから、構いませんよ」

 どうやら俺はヨシノ大佐と同じ艦に乗るらしい。

「見えてきましたよ」

 ヨシノ大佐が窓の外を指差す。

 宇宙基地カイロに、その艦は接舷していた。

 流線型のデザインで、まるで魚、サメのようなものを連想させる。

「僕たちが乗る艦、ミリオン級三番艦、チャンドラセカルです」



(第十部 了)

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