10-3 休暇の使い方

     ◆


 ユリシーズ社の宇宙軍局の局長のオフィスで、俺は当の局長と向き合っていた。

 火星に降り立って、二週間が過ぎていた。俺は休暇を取り、のんびりと過ごした。二週間というのは俺が決めたのではなく、会社が決めた期間で、その間に俺が持ち帰ったデータカードを大勢の手で隅から隅まで確認したんだろう。

「データはたいして使い物にならないぞ、ライアン」

「予測できることです」

 反射的に肩をすくめて言い返していた。

 それもそうだ。秘密作戦に従事した、最新艦なんだ。そう簡単に情報を公開できるわけもない。

 俺もデータの一部を見たが、消されている部分もあれば、巧妙に、どうやっても破れないモザイクが入っているところが多々ある。

 最大の問題は、乗組員は顔も映らなければ、声も加工され、名前を誰かが呼んでも修正音で消される。

 つまり何もわからないようなものだ。

 はぁー、っと局長がため息を吐く。

「お前にはしばらく記事作りに専念してもらう。文章を書く仕事だ。自分でタイプしてもいいし、人工知能に書き取らせてもいい。それでも公開前に宇宙軍の検閲を受けなくちゃいけない。頑張ってくれ」

「俺の次の仕事のことですが」

「今の仕事が終わってからだ」

 身振りで部屋を追い出され、仕方なく自分のブースに向かった。

 それからの日々は、毎日、毎日、決まった時間に出社して、端末のキーボードを叩き続けた。

 つい数ヶ月前まで宇宙のどことも知れない場所をこっそり移動していたとは思えない。逆に、自分が身動きを取れないことが不安になるほどだった。

 記事の執筆はほぼ休みなしで行った。少しでも時間をおくと、忘れてしまいそうだった。

 記録データが俺の手元へ戻ってきたので、たまにそれを確認した。

 記事が膨大な文量になる、と気づいて、秘密航海の最初の一ヶ月分がまとまってから、それを局長へ提出した。

 翌日に局長が俺のブースへやってきて、低い声で言った。

「俺たちは出版社じゃない、新聞社だ。物語じゃなくて、すっぱ抜きが求められているって、わかっているか?」

「書き直しですか?」

「こういう書物は、趣味の時間にやれ」

 やれやれ、と思いつつ、去っていく局長を見送り、どうするべきか、迷った。

 結局、俺は二年の間に溜まっていた有給を使って、三ヶ月の休みを取った。

 申請した直後、局長が俺のところへやってきて、「逃げるなよ」と言い置いて去っていった。

 こうして仕事がとりあえずはなくなり、俺は自分の部屋で作業を始めることにした。二年間の取材の報酬はかなりの額なので、まず最新型の端末と、高額ながら座り心地の良い椅子を手に入れた。

 それから俺は一日に十六時間は端末に向かっていた。

 三日に一度は、散歩に出た。

 昔ながらの日めくりカレンダーを買った。毎日、一枚ずつ破り捨てていく。

 端末は快調に機能し、俺の体力も充分にある。

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。

 三ヶ月目が終わろうかという時、やっと作業は予定していた部分までが終わった。

 ぐったりと椅子にもたれ、データのバックアップをとり、それから端末に搭載されている校正プログラムを起動した。全部のテキストデータを検証するまで、六時間かかると表示されていた。

 時計を見る。夜の七時になろうとしている。

 端末を稼働させたまま、外へ出て、久しぶりにまともな食事を食べた。この三ヶ月、宅配のファストフードばかり食べ、飲みものは栄養ドリンクかコーヒーだけだったのだ。

 久しぶりにアルコールを飲もうかと思った時、ヨシノくんの言葉が蘇った。

 あれからもう、半年近い時間が過ぎている。

 戦死者の遺族とは会えただろうか。

 そして、家族と一緒に記念のワインを飲めただろうか。

 その光景はありありと思い浮かべることができた。

 いつも通り、ニコニコと笑っているだろう。

 結局、俺はアルコールを飲まないまま、胃腸に良さそうな食事を食べ、部屋に帰った。端末はまだ作業を自動で続け、残り時間は四時間と少し。

 シャワーを浴び、また端末を見る。残りは三時間以上。

 一度、眠ろうと思って寝台に横になる。

 部屋が広いことも、今では違和感しかない。

 あのチャンドラセカルで割り当てられた、一人用の個室は、まるで大昔の寝台列車かと思えるほど窮屈だったのだ。

 うとうとしていると、端末が電子音を上げる。起き上がり、ボサボサの髪の毛に手櫛を入れつつ、椅子に腰掛ける。

 端末が指摘した文章の誤り、その箇所の数はデタラメな大きさの数字だった。

 壁にある日めくりカレンダーを見る。

 休暇が終わるまで、あと一週間か。

 端末の電源を落とし、今度こそしっかりと眠った。

 翌日からの一週間は、また前と同じ、端末、ファストフード、栄養ドリンク、コーヒー、ジョギング、シャワー、睡眠、という単調な日々に戻った。

 そして休暇を一日残して、校正プログラムの指摘した箇所は、全部直した。

 椅子にもたれかかって、またデータをバックアップ。今度はいつでも読めるように、携帯端末にもデータをコピーしておく。

 休暇も終わりだ。明日からは、本当の記事を書かなくちゃいけない。

 億劫だな、と思った。もうこの三ヶ月でうんざりするほどキーボードを叩き続けたので、できるならもう、当分の間はキーボードに触りたくなかった。

 シャワーを浴び、髭が伸び放題なことに気づき、雑に剃った。

 髪の毛も乾かさずにベッドに倒れこんだ。

 眠りはまるで泥のように、粘ついて、重かった。



(続く)

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