第10話 次なる場所へ

10-1 一区切り

     ◆


 宇宙船のドックという奴は何度も見たことがあったが、宇宙基地カイロのすぐそばにある巨大工廠衛星の宇宙ドックは、想像を絶する大きさだ。

「すごい光景だな」

 今も襟に付けている記録装置を周囲に向けるように体を動かしながら、肉眼ではドックに固定されたミリオン級潜航艦三番艦チャンドラセカルを、じっと見据えた。

 一番初め、カイロに接舷していた時と比べると、雲泥の差だ。

 流麗な輪郭をしていた装甲は、今やそこここに歪みがあり、傷も多く見受けられた。

 左舷から艦首を巡って、右舷へ出る。

 そこには他とは少しだけ色味の違う装甲板が貼り付けられているのが見え、ここがレーザー攻撃を受けた場所だとすぐわかる。

 そこで四人が命を落としたのだ。

 ぐるっと艦尾まで行き、巨大なエネルギー循環エンジンを眺め、元いた場所に戻る時、前方に一人の青年と初老の男性が立っている。

「二年前とは別物ですね」

 思わず俺がそういうと、青年、ヨシノ艦長が微笑む。

「二年間も戦い続けたんですから、これが自然です。むしろ、よく二年も持ちこたえたと思います」

「優秀な乗組員のお陰でしょう」

 正直な気持ちを口にする俺に「その通りです」とヨシノ艦長が笑みを見せた。

 ドックの周囲では様々な作業機械と作業員が準備を始めている。

 チャンドラセカルは一度、オーバーホールされるとヨシノ艦長が教えてくれた。

「例の推進装置の積み替えは?」

 興味が半分、取材が半分で訊ねると、まだわかりません、とヨシノ艦長が答えた。

「代わりになる推進装置は、技術部がコンセプトを練って、試作し、試験し、それでやっと配備されます。あと半年は必要でしょうね」

「つまりチャンドラセカルは、半年は休憩、ということですか?」

「僕もですが、乗組員もそれぞれに報告書を書き、聞き取りをされ、退屈する暇はないですよ」

 俺もですか? と反射的に口走ると、クスクスとヨシノ艦長は笑う。

「あなたにも色々と迷惑をかけます。でも、お仕事でしょ?」

 何も言い返せない、と俺は反論を諦めた。

 ドックを離れ、ヨシノ艦長とイアン少佐はどこか別の通路へ進んでいった。

 それから俺は連邦宇宙軍の様々な部署の幹部からの質問攻めの日々を過ごし、それは工廠衛星から宇宙基地カイロへ移っても続いた。

 しかし軍人たちは高圧的でもなく、単純に事実を知りたいようだった。

 そもそも俺は常に発令所に詰めていたわけではない。艦の運用に関する詳細は知らないのだ。

 数え切れないほど戦闘配置に遭遇したが、そうなると俺が出入りする場所は限られていて、大抵は部屋にいるしかなかった。

 できたことは兵士の日常を記録することで、持参した大容量データカードは、二年間で十枚ほどがデータでいっぱいになっていた。

 この十枚のカードはチャンドラセカルから降りる時に、回収されていて、たぶん、軍の方で都合の悪い部分は消去か修正するんだろう。まだ手元には返ってきていない。

 取り調べというより懇談のようなやり取りの日々は、二週間で終わり、全部の持ち物が帰ってきた。

 携帯端末から火星にいる上司に連絡を取る。チャンドラセカルの内部からは連絡ができなかったので、二年ぶりだ。

 呼び出し音が二回鳴って、相手が出た。

『ライアン・シーザー? 無事か?』

「無事ですよ、局長。ピンピンしています」

 今どこだ? と聞かれたので、カイロです、と答える。

『取材データは返ってきたか? 軍が没収したりしていないだろうな?』

「データカードの束があるんですが、一度、取り上げられました。きっと消されている部分もあります。これから火星に戻る間に、できるだけチェックしておきます」

『そうしてくれ。土星からこっちまでのチケットは会社で用意するが、そこまでは宇宙軍に送ってもらえ。土星にはいつ着ける?』

 俺は日付を口にした。

 先に連邦宇宙軍の輸送シャトルに席を一つ用意してもらっていた。それを俺に伝えた下士官はハッキリ言わなかったが、ヨシノ艦長が手配してくれたんだろう。

 それから局長と細々としたやり取りをして、通話を切った。

 シャトルの発進時刻は六時間後、少しはカイロを満喫しよう。

 宇宙基地カイロの中でも、市街地区画と呼ばれる様々な商店が密集する区画に足を向け、取り調べ中にまともな食事にありついたが、それよりもまだ奔放な料理が食べたくなり、いくつかの店をはしごした。

 居酒屋の一角で、豚の内臓を煮詰めたものをつつきつつ、こんなところを見ると、チャンドラセカルがやっていたことは、まるで夢物語だな、と変な感覚に襲われた。

 食事を済ませ、酒屋でワインのボトルを二つ手に入れた。

 シャトルの発着場へ向かうと、数人の兵士が並んで待っている。最後尾についた。

 ほどなくシャトルがやってきて着陸し、乗客が全員降りて、清掃係が何やらしてから、待っていた兵士が乗り込んでいく。俺も指定された席に座った。

 思わず深く息を吐き、シートに体重を預けた。やっと何か、重荷が下りた気もする。

 長い旅だった。いろいろなことがあった。

 しかも今になっても、まるで現実感がない。

 ヨシノ艦長には、リアルについて一席打ったのに、今になってみれば、よくわからない自分がいる。

 記事を書かなくちゃな。

 どんな風に記事を組み立て、読者に訴えていけばいいだろう。

 何を伝えればいい?

 考えていると、発進間近のアナウンスが流れる。

 それと同時に、一人の青年が入ってくる。背広を着ているが、ネクタイはしていない。

 その姿を、俺は思わずポカンとした顔で見ていた。

 俺に構うことなく、青年は空席だった俺の隣の席に腰を下ろした。

「これから火星ですか? ライアンさん」

「あ、ああ、そうだが……」

 ニコニコと笑いつつ、軍服ではないヨシノ艦長が言う。

「僕は地球です。一緒に火星まで行ってもいいですか?」

 どう答えることもできず、ただ口をパクパク開閉させるしかなかった。



(続く)

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