9-4 戦いの後で

     ◆


 宇宙基地カイロに定期報告を送って三日後、極指向性通信が送られてきて、それによればチャンドラセカルは一度、ドックに戻すべきという結論が司令部で出たようだった。

 これで二年近い無補給航行は終わりになる。

 試験航行としては上々だったはずだ、と報告書をまとめつつ、ヨシノは思っていた。

 例のレーザー砲台は、セイメイが掌握したわけだが、連邦宇宙軍の艦隊が到着するより前に、敵性艦隊の襲撃を受け、破壊されてしまった。

 砲台そのものにも推進装置があったが、準光速航行などできないし、それ以前に、レーザー砲台のそばには護衛の艦隊がいた。その護衛は証拠隠滅のためでもあったらしい。

 敵も思い切りがいいものだ、というのがヨシノの感想だった。

 チャンドラセカルの兄弟艦、チューリングとノイマンのことは、通信では触れられていなかった。カイロに戻ればわかるはずだ。

 ヨシノの中にはこれといって競争意識はなかったが、やはり同型艦の動向は気になる。

 もっとも、どのような戦果や成果を出したか、というよりは、チャンドラセカルが見舞われた事態、エネルギー循環エンジンの痕跡を探知される、という場面があの二隻にはなかったのか、それが気になった。

 艦長室で一時間ほど作業をした時、ドアがノックされた。こういう時、一人で使うには広すぎる艦長室は不便だった。席を立って、ドアのロックを解除する。

 そこに立っているのはイアン少佐と、ライアン・シーザーだった。

「今、よろしいですか? 艦長」

 ライアンが訊ねてくるのを、問題ありませんよ、と応じつつ、イアン少佐の顔を見る。苦り切った顔で、ライアンの図々しさを否定しているような表情だ。

 艦長室と言っても、人が三人も入ると途端にやや狭い。ヨシノは自分の席に座り、横にイアン少佐が立つ。そしてヨシノの前にライアンが立った。

「カイロへ戻ると聞きましたが、本当ですか?」

「本当のことです。あなたの取材もそこで終わるのですか?」

「その件でちょっと、提案がありまして」

 なんですか? と促すと、ライアンがわずかに身を乗り出した。

「次の航海にも密着したい、という提案なんですが、どんなものでしょう」

 思わずヨシノは笑ってしまった。

「決定権は僕にはありませんよ、ライアンさん。僕にできるのは、そうですね、艦隊司令部か、広報部あたりに、ちょっとした提案ができるという程度です」

「その提案をしていただきたい、とお願いしたら、していただけますか?」

 思わずイアン少佐を見ると、小さく首が横に振られた。やめておけ、ということらしい。

 ヨシノは少し、この青年を試す気になった。

「この二年間で、何がそういう気持ち、まだこの艦の様子を見たいという気持ちにさせたのですか?」

「それはまぁ、リアルですな」

 リアル? 思わずヨシノは首を傾げていた。

 リアルです、とライアンが頷く。

「地球連邦に属している人間は、土星の実際なんてほとんど知りはしませんし、連邦宇宙軍に攻撃を加える所属不明の艦船がこれほど活発に活動しているなど、夢にも見ちゃいません。俺はここで実際を、リアルを知りました。自分が、その、恥ずかしいというか、間抜けに思えましたよ」

「それは言い過ぎだと思いますけど」

 思わずヨシノは苦笑していたが、本当です、とライアンが迫ってくる。

「もっと正しい認識を大勢が持つべきだと感じました。軍の実態も、独立勢力の実態もです。あとは、あなたがこれからどうするのかにも、興味がある」

「え? 僕ですか?」

 予想外の切り口で、はっきり言って、ヨシノは不意を突かれてギョッとしていた。

「そうです、ヨシノ・カミハラという青年は、これからどうするのですか?」

 その質問に答えるのが難しかったのは、まさにヨシノが一人で、自分の胸の内だけで考えていたことだからだ。

 チャンドラセカルはおそらく、このまま無事にカイロに辿り着くだろう。試験航行の報告書をまとめて、どこかでそれを発表するはずだ。

 チャンドラセカルも改善の余地や運用の最適化の議論の必要があるし、他のミリオン級潜航艦にも改良するべき部分の発見があるだろう。新型装甲も改良するべきだし、何より、推進システムを見直すのは喫緊の課題である。

 そういうあれこれが片付いて、その先はどうするのかは、今まで誰にも話していなかった。

「僕は、地球へ戻るつもりです」

 そうヨシノが言うと、ライアンがわずかに目を見開き、すぐ近くでイアン少佐がわずかに身をこわばらせたのがわかった。

 ヨシノはそんな二人を無視するように、少しだけ視線を上に向けた。

「僕は軍人ではありません。今回の航行で、四名の命が失われました」

 レーザー攻撃で行方不明になった火器管理部門の三人と、重傷を負って医務室で亡くなった一人。それがこの航海での戦死者の総数だった。

「少ない数かもしれませんが、数は問題ではありません。僕には、四人の命を背負うだけの力は、まだありません」

「しかし」ライアンが乾いた唇を舐める。「地球で何をされるのですか?」

「どこかでまた勉強しますよ。企業や国家の研究所、もしくは連邦運営の学究機関か、まぁ、それが僕のいるべき場所なんでしょう」

 参ったな、とライアンがつぶやき、何かを考えたようだったが、

「俺もよく考えておきます」

 と言って、頭を下げて、部屋を出て行った。

「本気ですか? 艦長」

 イアン少佐が、ヨシノをまっすぐに見た。視線を受け止め、ヨシノは笑みを見せた。

「本気です、イアンさん」

 結局、イアン少佐はその件にはもう触れずに、一度、敬礼すると部屋を出て行った。

 ヨシノは書類作りに戻った。



(第九部 了)

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