4-4 緊張
◆
その時、チャンドラセカルは所属不明の小型輸送船団の背後にピタリと付いていた。
全部で五隻ほどで、向かう先は土星本星方面、とまではわかっていた。
発令所ではヨシノ艦長とイアン少佐が意見を交換している。
どうやら輸送船団を作っている五隻のうちの二隻が、武装しているのでは、と疑っているらしい。
チャンドラセカルからは様々な手法で輸送船団の解析が進んでいるが、受動的な探査しかできない。
最新の探査装置を使えば、能動的な探査が可能で、一発で輸送船が武装しているのか、それとも丸腰かわかる。
わかるが、その探査装置の発する特殊な波動、サーチウェーブは、連中どころか、注意深い近い宙域の船の連中にさえも、チャンドラセカルの居場所を明かしてしまう。
ヨシノ艦長もイアン少佐もその能動的探査には否定的なようだった。
このまましばらく、追跡していくことになりそうだな、とオットーも考えていた。
「船団、最後尾の船が回頭します」
ヘンリエッタ軍曹の言葉を受けて、ヨシノ艦長が言う。
「艦を停止させてください、オーハイネさん。オットーさん、隠蔽は完璧ですか?」
「装甲はシャドーモードですから、おそらく探知されません。推進はスネーク航行ですので、推進残滓は残らないと思われます」
答えながら、オットーは艦の様子をもう一度、確認する。
大丈夫だ、気取られる要素はない。
「輸送船から異音がします」ヘンリエッタが囁くように言う。「何らかの行動を起こしています」
「報告は正確にしなさい、軍曹」
イアン少佐が小さな声で言うが、ヘンリエッタ軍曹は手を上げてそれを制している。発令所の全員がヘンリエッタ軍曹を注視している。
彼女が閉じていた目を開く。
「ミサイルの発射管です、すでに開放されています。回頭のノイズに合わせて開放したようです」
ピリッと空気が緊張する。
「艦長」言ったのは火器管理官のインストン軍曹。「撃沈しますか?」
「ギリギリまで待ちましょう。それに撃沈は最後の手段ですよ。数の上で不利ですしね。攻撃目的ではないかもしれない」
ヨシノ艦長が言い終わるのとほとんど同時にオットーは自分の端末に表示された、目の前の艦から捉えた電波の表示を報告した。
「回頭した輸送船から探査電波が発信されています。到達まで二十秒」
「種類は?」
即座にヨシノ艦長に尋ねられ、オットーは照射されているサーチウェーブの形式を告げた。
続けて、ヘンリエッタ軍曹が同じ意見だと報告。彼女の空間ソナーも捉えているのだ。
少しの沈黙の後、ヨシノ艦長が低い声で言った。
「落ち着いてください、その波長にはシャドーモードが対応します。探知されません」
しかし、と反論しようとしたのを、オットーはぐっとこらえた。
「電波、到達します」
ヘンリエッタ軍曹の声と同時に、ブーンという低い音が遠くで響いた。
思わずオットーはヨシノ艦長の方を振り返っていた。
彼は穏やかに笑っている。
重低音は一度、二度と重なり、全部で六回ほど連続した。
それがすべて過ぎ去り、静寂が戻ってくる。
「ヘンリエッタさん、様子は?」
彼女は素早くヘルメットの位置を直して、耳をすます。
オットーはオットーで、艦の装甲の状態をチェックしていた。シャドーモードは完璧に機能している。敵からのサーチウェーブは自然と騙されたはずだ。
索敵管理官の報告を待つまでもなく、メインモニターの中では輸送船団の最後尾、回頭したばかりの小型船が、またぐるりと百八十度、回頭しようとしている映像が映っていた。
「ミサイル発射管、閉鎖されていきます。小型船、出力を上げて仲間を追うようです」
ほうっと息を吐いたのは誰だったか。少なくともヨシノ艦長は落ち着いている。
「追尾を続けましょう。しかし相手には攻撃能力があります、その点は忘れないように」
それからの六時間ほどは緊張のし通しだった。
輸送船団の最後尾の船は三十分に一度ほど、回頭しては周囲を探査する。
もし常に同じ信号ではなく、別種の、性質の異なる探査電波を放射したら、また違った結果が出たかもしれないが、その船は最後までチャンドラセカルに気づかなかった。
六時間の通常航行の先に、その小さな宇宙基地は浮かんでおり、さすがにチャンドラセカルは接近を断念した。宇宙基地規模の設備が有する探査能力を甘く見た潜航艦の悲劇は、宇宙軍の軍人である、チャンドラセカルの発令所の誰もが知っていた。
しかしとりあえずは、敵性組織の秘密基地の場所は突き止めたことになる。
リョーサとボルヘスの二隻では、攻略は難しい。そのあたりの兼ね合いは、司令部が考えるだろうと、オットーは推測した。
こっそりと宇宙基地から離れ、チャンドラセカルは再び、何もない虚空から標的を探す任務に戻る。第一種戦闘配置が解除され、発令所の管理官たちも交代で休憩に入る。
最初がヘンリエッタ軍曹、今回は次がオットーだった。
食堂で何か食べてから私室へ行こうとすると、食堂にヘンリエッタ軍曹の姿があった。保存食の乗ったトレーを前に、俯いている。
「どうかしたか?」
声をかけたのは気まぐれだった。
顔を上げたヘンリエッタ軍曹が、どこか困ったような顔をしている。珍しい顔だな、とは思った。
「なんか、食欲がわかなくて」
「緊張か?」
「あのサーチウェーブ、本当に、怖かった」
「初めてか?」
そう、と彼女が頷く。
オットー自身、訓練では繰り返し探査電波を照射される艦に乗っているし、チャンドラセカルの乗組員になる前の訓練でも、同じ経験をした。ヘンリエッタ軍曹も、訓練で何度も体感しただろう。
訓練のせいか、オットーも実戦での探査電波の照射を受ける場面は初めてだったが、彼は不思議と恐怖を感じなかった。
何がそうさせたのだろう。
「艦長を信じることだ」
思わずそう言ったオットーだったが、自分が何を意図してそう言ったのか、すぐにはわからなかった。
席に座って、自分の保存食をフォークとナイフで切り分けながら、自分はどうやらヨシノ艦長を頼っているらしい、と気づいた。
弱気なことだ。
「ありがとう、オットーさん」
ヘンリエッタ軍曹がどこか力ないながらも笑みを浮かべ、素早い動きで自分の保存食の解体に取り掛かった。
落ち着いて食え、と思わずオットーは口にしていた。
(第四部 了)
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