4-3 出世を拒絶する軍人
◆
あんたは何でここにいるんだ?
そう声をかけてきたのは、海兵の一人だった。
チャンドラセカルには一個小隊五人しか乗り込んでいない。指揮官はダンストン大尉で、その下に四人の部下がいる。オットーに声をかけてきたのは、ココという兵長だった。
階級を無視しているが、オットーは階級をどんな場面でも当てはめるような堅物ではなかった。表情は冷ややかだったが。
場所は食堂で、オットーは仕事終わりに、ゆっくりとどこかの香辛料が効いたスープを飲んでいたのだ。
海兵のココ兵長は、もう一人の仲間と一緒だった。エド兵長。
「すみません、軍曹。こいつ、他人に踏み込みたがる癖がありまして」
構わないさ、と応じつつ、逆にオットーは「お前はどうしてここへ?」と聞いていた。
「俺ですかい? 冒険がしてみたい、っていうのもありますが、やはり大尉が好きだからですね」
オットーは頭の中でジョン・ダンストンという大尉のことを思い浮かべた。
大柄で、どこか柔らかい印象の男だ。海兵隊員どころか、軍人にも見えないほど、穏やかな顔しているし、しゃべり方も決して激しくない。常に冷静で、しかし稚気もあり、雰囲気は明るい。その辺りのバランス感覚はどこかヨシノ艦長に似ているかもしれない。
「ダンストン大尉のどこがいい?」
「金離れがいい。太っ腹で、部下を大事にする。何より、酒に強い」
冗談を言われているのかもしれない、と解釈して、オットーは笑みを見せておいた。控えめな、かすかな笑み。
「で、軍曹、あんたは?」
ココ兵長が粘り腰を見せたので、オットーは少し話をする気になった。
「前に乗っていた艦は、第四艦隊の中の一つだったな。小さい艦さ」
「第四艦隊、ですかい? 本当に?」
連邦宇宙軍が数字の付いている艦隊は五十ほどある。その中でも一桁の数字を与えられている艦隊は、内地艦隊とか、近衛艦隊とも呼ばれ、つまり地球本星のすぐそばに駐屯し、有事の際には最後の砦となる意味を持つ。
当然、そこに配属される軍人はエリート揃いになる。
「そこでやっぱり、艦運用管理官をしていた。退屈な日々だったがね。訓練に次ぐ訓練と、接待に次ぐ接待」
「安全でいいじゃないですか」ココ兵長が唇を尖らせる。「俺たち海兵隊は、出世するには実際に成果をあげなくちゃいけませんからね。敵船に切り込んでのドンパチです。死ぬ奴も大勢います」
確かに俺は安全だったよ、とオットーは真面目に頷いた。
「安全だが、くだらなかった。どこかの大企業や、どこかの大物政治家がやってきては、何も知ろうとせずにただ観光をして帰っていくのに、上官たちはつきっきりになる。訓練だって形だけさ。艦砲のメーカーが来た時は、標的との距離が細工されて、ど素人でも命中する場所に的があった。それが粉砕されるのを見て、メーカーの重役のじいさんたちが、嬉しそうに笑っている。間抜けだったな、あれは」
オットー自身が無表情なのに、それもあってかココ兵長もエド兵長もクスクスと笑っている。
「それが嫌になって、本当の軍人になりたかったのさ」
そうオットーが締めくくると、二人の兵長は表情を改めた。
「つまり、栄転でも左遷でもなく、この船を選んだ訳ですかい? 軍曹は、志願してここへ?」
「そうだよ。俺は志願してミリオン級の乗員になった。チャンドラセカルに配属された理由は、知らないがね」
「そいつはまた勇者ですね。見直しましたよ」
ニコニコとココ兵長がそう言って笑う横で、エド兵長はどこは不安そうな顔になっている。
「でも軍曹、こんなところにいても、もう出世できないんじゃないですか? 第四艦隊でそれなりにやり過ごしていた方が、出世してますよ、きっと」
「出世したくない軍人もいるのさ」
それがオットーの本音だった。
出世すること、組織の上に立とうとすること、そういうことに必死になる様子を近くで見続けて、オットーは心底から失望していた。
いつかのイアン少佐の言葉の通りだ。
出世が全ての、あんな遊びに加わる気には、オットーはなれなかった。
オットーは軍学校を優秀な成績で卒業し、表彰もされた過去がある。だからこそ、若い頃から地球連邦宇宙軍の重要な地位で経験を積んできた。
第四艦隊の補助艦オリンポスの艦運用管理官になったのも、記録になりそうなほど若い時だった。
あのままあそこに居続ければ、とオットーも思わないことはない。
軍曹などという階級ではなく、尉官には確実になっていただろう。そのまま進めば自然と佐官になり、ゆくゆくはあるいは小さな艦の艦長にでも収まったか。
しかしそれはオットーにとって、自分を殺していくようなものだった。
冒険は望んではいない。
しかし、自分の技能が正当に行使できる場所が、欲しかった。
形だけの訓練ではなく、実戦。
手に余るような艦の運用に携わりたかった。
最初は噂だった。新型の潜航艦のクルーが集められていると、同僚に聞いた。内々に人事部が動いていて、公には募集されていないという。
オットーはいてもたってもいられず、その噂を聞いた二日後には、連邦宇宙軍の人事部に問い合わせていた。
返事は、そんな募集は行っていない、というものだった。
珍しくオットーも粘ったが、人事部の窓口の男は知らぬ存ぜぬを押し通した。
だが、それから一週間後、オットーに火星に行くように指示する命令書が届いた。新型艦の視察、という任務だったが、出向くのはオットーだけだという。
不審に思いながら火星の人造衛星の一つで、オットーはその艦と対面した。
ただし、まだ全体の三割しか出来上がっていない新型艦。
それこそがミリオン級潜航艦だった。
そしてそこで、初めてヨシノ・カミハラという少年と出会ったのだ。
「どうしたんです? 軍曹」
記憶に没頭していた自分に気づき、オットーはぐっと表情を改めた。
「なんでもない」
食事を再開してからも、二人の兵長は不思議そうにオットーを伺っていた。
(続く)
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