4-2 競争という原理
◆
発令所のメインモニターに、二隻の船が映っている。
一隻は軍艦のリョーサであり、もう一隻は大型の輸送船だ。
この輸送船は本来の航路のない場所を航行していたのをチャンドラセカルが発見し、半日の追跡ののち、リョーサの到着を待って拿捕した。例の如く、チャンドラセカルは通常モードながら潜航艦らしく、半ば姿を消している。
「土星を中心にした経済って、あるんですねぇ」
索敵管理官のヘンリエッタ軍曹が呟く。今はリョーサが大出力の空間ソナーで周囲を見張っているので、彼女は手が空いているのだ。
「思ったよりも艦船が多いな。まぁ、仕方ないさ」
応じたのは火器管理官のインストン軍曹である。こちらも、リョーサの方が圧倒的な火力を持つため、手持ち無沙汰なんだろう。
ヘンリエッタ軍曹が続ける。
「宇宙にはゲートを作れませんから、取り締まれませんよねぇ。連邦宇宙軍の規模なんて、こうなってみるとちょっとした戦力、猫の額した押さえられません」
「まぁ、土星が独立して、どうこうなるとも思えんよ。地球連邦の方が強力だし、それ以前の問題もあるしな」
「どういう問題ですか?」
「地球連邦は地球連邦で自給自足が出来る。土星勢力も、十分に自給自足できるだろう。そして両者の間には、はるかに広い宇宙空間という空白がある。なら、お互いに干渉しなければ、何も問題はない」
不干渉か。オットーは聞くともなしに二人の話を聞いていたが、インストン軍曹の発想は面白い。
地球上での問題なら、土地を取り合う、資源を取り合う、という要素があった。
しかし規模が大きくなりすぎたため、もうそういう次元は超越している。宇宙にある資源を全て食いつぶすほど、人類は増えてはいない。
地球連邦と同規模の組織が出来上がれば、釣り合いが取れるかもしれない。釣り合いというよりは、棲みわけか。
「人間はそこまでおおらかではないでしょう」
急にイアン少佐が言ったので、発令所の全員が同時にそちらを見ていた。
ヨシノ艦長すら、目を丸くして彼を見ている。
当のイアン少佐は平然としている。
「何かを支配すれば安心する、何かを支配しようと思えば頑張れる、そういうくだらない発想が、人間の根底です」
「か、過激ですね、副長」
ヘンリエッタ軍曹が恐る恐るという様子で言うと、イアン少佐は「過激ではないよ」と応じた。
「人間は基本的に、頂点に立ちたがる。自分が頂点に立てないとなると、頂点に立つもの、それに近いものにすがりつく。そうやってヒエラルキーの頂点かそれに近い位置に、しがみつくのです」
「軍隊批判ですか? 副長」
今度はインストン軍曹がやり返すが、イアン少佐は全く動じない。
「軍隊批判と取られても構わんよ、この老人の首一つなど、安いものだ。私が言っているのは、全てにおいて言えることだよ。経験がないか? 軍曹。学校のクラスや、部活動、サークル、町内会、国の政治や国際政治、巨大な経済網、そういうものに、ヒエラルキーを感じないか?」
感じますけどねぇ、とインストン軍曹が苦笑いしている。
それに対して、イアン少佐は淡々と頷いている。
「ヒエラルキーは、ある場面では非常に有効だ。誰が力を持っているかはっきりする。緊急事態にはその一人が全責任を負いながらも、全部を統一する指揮権を持てる。だが平時には、ヒエラルキーは競争遊びの、言ってみれば、どこにでもある公園だ。子供が遊んでいるようなもの。狭い範囲で、遊具を奪い合い、そのためにグループができる。大人たちも年上の子供達も、それを眺めて、我関せずという姿勢でいる。その俯瞰とも傍観ともつかぬ様が惑星間でも起こっていると言える」
誰も何も反論せず、イアン少佐はコホンと咳払いした。
「いいかな、若者たち。本当に大事なことは他者を屈服させることではない、敬われることだ。従わせるのではなく、支持される。それが最も崇高で、何ものにも代えがたい立場なのだよ。その場に立てるのは、極めて少ないものだけだがな」
はぁ、とか、へぇ、とか、インストン軍曹やヘンリエッタ軍曹が応じているうちに通信が入る。リョーサからの連絡で、輸送船はそのまま曳航されていくらしい。チャンドラセカルは本来の任務に戻っていいようだ。
「さ、みなさん、おしゃべりの時間は終わりです」
ヨシノ艦長が嬉しそうに声をあげる。
「仕事へ戻るとしましょう」手元の受話器を取り上げる。「コウドウさん、循環器の出力を上げてください。移動です」
受話器が置かれ、操舵士のオーハイネ曹長にも指示が飛ぶ。
オットーも艦の機関、循環器からくる出力を管理し、全艦の監督を始める。
輸送船とリョーサが準光速航行で去って行き、チャンドラセカルは沈黙の闇の中を進み始めた。
発令所では誰ももうお喋りをしない。音が重要になる索敵管理官のヘンリエッタのブースは特別に外部からの音を通さない仕組みが施されているが、それでも誰もが黙っていた。
艦の状態をモニターしながら、オットーは考えていた。
先ほどのイアン少佐の小話だ。
あれはオットーに向けて語られた言葉だったんだろうか。
自分が前に乗っていた艦のことを考え、しかしうんざりするので、思い出すのを途中でやめようとし、振り払うように別のことを考えようとした。
それでも溢れるように記憶が蘇るので、無理やりに忘れるように、目の前の端末の隅から隅まで確認する不毛な作業を始めた。
そのまま四時間が過ぎ、管理官が交代で休息を取る。一番はヘンリエッタ軍曹、一時間の差を置いて、インストン軍曹、さらに一時間をおいてオットーの番になる。
食堂で一人で食事をとり、個室に戻り、寝台に横になった。眠れるまで、古典の小説を一時間ほど読んだ。
眠りはいつも通りの無をオットーに運んできた。
(続く)
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