第4話 正しいあり方

4-1 育てる

     ◆


 シュン・オットーは、潜航艦チャンドラセカルの中でも入室するものが限られる情報記録室で、端末の一つの前で唸っていた。

 先日にあった旧型の潜航艦への奇襲攻撃で、苦し紛れの反撃の実体弾を弾き返した装甲の様子を見ているのだ。

 見ていると言っても、実際には艦の外部カメラが映した、命中の瞬間の映像をチェックしているに過ぎない。

 実体弾は右舷上部に当たったが、チャンドラセカルや他のミリオン級潜航艦はどれも滑らかな曲線で艦が構成されている。そのために実体弾は明後日の方向へ弾き飛ばされていた。

 モニターでじっと装甲の様子を見る。もう何度目かわからない。

 装甲は確かに凹んでいるが、それがかすかな光を発散して、元の形状に戻る。

「何か質問は?」

 いきなりの背後からの声に、オットーは全く相手に気づいていなかったので、椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がっていた。椅子は床に固定されている。

 振り返った先にはニコニコと笑って、ヨシノ艦長がいる。

「いえ、素晴らしい技術だと思いました」

 どうにかオットーは問題にならない程度の発言をした。

 実際には、異常な技術と思っていたのだ。

「いずれ自然な技術として普及しますし、まだ研究段階です」

 ヨシノ艦長は穏やかにそう言って、端末の中でもう一度、再生されている、着弾の瞬間の様子にわずかに目を細めた。

「性能変化装甲にはいくつかのモードがありますが、シールドモードは実体弾に特化していますからね、これくらいは出来ます。一種の形状記憶合金じみたものに、ある程度の強度と、より高い復元性能を持たせる、というコンセプトですね」

 形状記憶合金という一言では片付けられない、とオットーはすぐに解釈したし、それはヨシノ艦長も同様のようだった。補足するように言葉が続く。

「形状記憶合金の柔軟性、それと真逆の強力な打撃を跳ね返す強靭さ、この二つを同時に発動することはできません。僕たちの選択は、実体弾を受け止める時には装甲は硬度を高め、次の瞬間には柔軟性を発揮し、破損を最低限に抑える」

「おそらく……その……」

 意見していいか、オットーは迷ったが、結局は口にしていた。

「あまり攻撃を受けると、他のモードへ切り替える際に不具合が生じるかと思います。例えば、数発が離れた場所を破損させる、という可能性ですが」

「それが正しい判断ですよ、オットーさん。しかし今回の件で、実体弾の一発程度なら、チャンドラセカルは耐えられるとわかった。もっとも、訓練や実験ではもっと強い負荷をかけましたけど」

 そういう意図か、とやっとオットーはこの一件が腑に落ちた気がした。

 あの時、敵の潜航艦とチャンドラセカルには距離があった。操舵管理官のオーハイネ曹長の技量の程は知らないが、チャンドラセカルの機動力なら回避できた。

 それをしなかったのは、ヨシノ艦長その人が、チャンドラセカルの防御力を試したかったのだ。

 そうとわかっても、さすがに、二発以上が命中したらどうしていましたか、とは聞けない。

 そう、反撃で四発の実体弾が向かってきて、三つは外れた。おそらく四発とも命中の場合も織り込み済みで、あの決断をしたんだろう。

 あるいはもっと、別の反撃も、かもしれない。

「無補給が前提ですから、あまり無茶はできません」

 穏やかな調子で言うヨシノ艦長。

「実験施設では繰り返しチェックしました、あまり綺麗な言葉ではありませんが、うんざりするほど、という感じです。それでも絶対の自信というものは、手に入りませんでした」

「もし」

 とっさにオットーは口走っていた。

「何かの拍子に致命的な不具合が生じたら?」

 よくある質問です、とヨシノ艦長が頷いた。

「例えば、どんな不具合ですか? それをまず定義してください」

 最もありえそうなことを、オットーは選んだ。

「装甲が破損し、モードの切り替えが不可能になる、あるいは、そもそも装甲が通常状態のまま固定されてしまう、とか」

「ミリオン級の装甲はそれほどヤワではありません。推進器が生きていれば、逃げ出せるでしょう」

 子供騙しの返答だ、とすぐにわかった。

 ヨシノ艦長はふざけた調子で応じたが、おそらくその可能性が最もありそうな展開で、同時に最大の窮地なんだろう。

「そうならないことを祈りますよ」

 投げやりにオットーが応じると、そうしてください、とヨシノ艦長が眉尻を下げる。

「あなたの艦の管理能力を、僕はよく知っているつもりです。頼りにしています」

「艦長が最もお詳しいと思いますが」

 何せこの人は、この艦のほんの小さなボルトに至るまで、それほど細部までを知って知って知り尽くしているのだから。

 最後まで言わずに、頭を下げて、オットーは部屋を出ようとした。

「オットーさん」

 背中に投げかけられた声に、オットーは軍人らしく、素早く振り返った。

「何事も、一人からの目線では、全てを見通すのは難しい。僕の方でも努力します。この艦を運用することの本質には、あなたの視点は必要です。それだけは忘れないでください」

「私がこの艦から抜けるとでも? どうやって?」

 皮肉げな気分になり、瞬間的に心が荒んだ自分を理解し、オットーは次の瞬間には気持ちを切り替えることに成功していた。

 背筋を伸ばし、頭をさげる。

「失礼しました、艦長。申しわけありません」

 良いんですよ、とヨシノ艦長がわずかに目を伏せた。

「この艦はある意味では牢獄のようなもの。ただ、そんなことを考えても仕方ありません。今はみんなで、この子、チャンドラセカルを育てるとしましょう」

 敬礼したオットーの前を、ヨシノ艦長は穏やかな表情に戻り、素早くすり抜け、情報管理室を出て行った。

 ヨシノ艦長の発言を踏まえて改めてデータを確認するか、オットーは考え、しかしやめた。

 オットーも部屋を出た。

 チャンドラセカルを育てる。

 それもそうだな、とオットーは無表情のままで頭の中で納得した。

 チャンドラセカルは何もかもが新しい試みだ。装甲もそうだが、循環器システムや、スネーク航行、電子頭脳による積極的な操艦への関与。

 そしてそれらの最新技術を扱うのは、オットーたち一流の乗組員なのだ。

 航海を始めて二ヶ月以上が過ぎたが、この艦にいるものは皆、何らかの技能に優れていると感じる場面が多い。

 それだけは間違いない。

 しかし、なぜ自分がその一員に選ばれたのかが、オットーにはわからなかった。



(続く)

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