第2話 新しい仲間たち
2-1 チャンドラセカルの出航
◆
リチャード・インストンは全艦に響いたサイレンに起こされ、すぐに身支度を整え、発令所へ向かった。
途中の通路で、横の通路から女性の下士官がやってくる。
ヘンリエッタ・マリオン軍曹。索敵管理官。
「おはよう、インストンさん」
「おはよう。いよいよだな」
二人で前後に並んで、無重力の通路をハンドルにつかまって移動する。
「昨夜はよく眠れなかったわ」
どこか嬉しそうに、先を行くヘンリエッタ軍曹が言う。リチャードは反射的に鼻で笑っていた。
「遠足前の子どもかよ」
「反論したいけど、そんな感じね、まさに」
発令所のドアに前に着き、二人がそれぞれに生体認証を受ける。ドアは少しのタイムラグもなく開いた。
艦長、副長はまだいない。すでに席についているのは、発令所の下士官では最も階級の高いオルド・オーハイネ曹長だった。彼の役職は操舵管理官。航海士の役目も兼ねるが、この艦では電子頭脳のサポートが受けられるので、当人は、だいぶ仕事が楽だ、と言っていた。
そのオーハイネ曹長が二人を振り返る。
「おはよう、二人とも」
「早いね、オルド」
訓練で親しくなった相手に返事をしながら、素早く自分の席に着いて、インストンは端末を起動させる。
「あんたも遠足の前ってクチか?」
遠足の前? とオーハイネ曹長が首をかしげる横で、自分の席の端末を弄り始めたヘンリエッタ軍曹が笑う。
次に部屋に入ってきたのは、シュン・オットー軍曹。彼は艦運用管理官という役職だった。
インストンも彼とは何度も顔を合わせてきたが、とにかくとっつきづらい。今も先に部屋にいた三人が挨拶をしても、挨拶を返すだけで、余計ないことは何も言わない。絵に描いたような堅物。
四人が艦を目覚めさせ、出航の準備を進めているところへ、ヨシノ艦長とイアン少佐が入ってきた。それに続いて、記録係のジャーナリスト、ライアン・シーザーがやってくる。
オットー軍曹が静かな声で艦長に報告する。
「燃料液の充填は完了しています。全弾薬の搭載も終わったと報告が来ています。艦各部、総員、配置についています」
「良いでしょう」
インストンは念のため、自分の担当になる火器の全てをもう一度、端末上でチェックした。二百ミリ打撃砲二門、粒子ビーム砲二門、魚雷発射管が二つ、ミサイル発射管が四つ。他にも各種の兵器の状態、問題なし。
「では、始めましょうか」
ちらっとインストンが振り返ると、ヨシノ艦長は自分の腕時計を見たようだった。
「機関始動」
副長が復唱し、さらにオットー軍曹が復唱する。
メインモニターの隅で、機関の稼働状態を示す数字が表示される。最新型というより、次なる世代を代表するだろう、特殊な機関だ。
その機関を利用した、インストンも知らなかった、まったく新しい推進システムをこの艦は備えているが、今は通常の推進装置を使う。
オットー軍曹が報告。
「循環器システム、問題ありません。エネルギー総量、設定値に到達。安定しています」
「エンジン始動」
「アイ・サー。エネルギー循環エンジン、一番、二番、始動します」
端末を忙しくなくオットー軍曹が操作し、かすかに艦が震えた。
「オーハイネさん、宇宙基地カイロから離脱してください」
「了解」オーハイネ曹長が作業を始める。「カイロの管制とのやりとりは終わりました。固定器具、すべて外れています。いつでも分離可能です」
「では離脱してください。姿勢制御に注意して」
実際、今、潜航艦チャンドラセカルの左右のポートには管理艦隊の軍艦が停泊している。
接触事故を起こすこともなく、モニターの中の映像で、チャンドラセカルが宇宙基地を離れていくのがわかる。
「オーハイネさん」ヨシノ艦長がすぐに指示を出す。「集合地点へ向かいます。平時推力の七割で前進です」
「了解。平時七割で前進」
ゆっくりと船が滑るように動き、ついに宇宙基地カイロを完全に離れ、それを後にして宇宙へ踏み出していく。
しばらくすると背後に、二隻の艦、マルケスとリョーサが付いてきた。マルケスが巡航艦、リョーサが駆逐艦だ。
「艦長から全艦へ」
ヨシノ艦長がマイクのスイッチを入れて喋り始めた。
「これよりチャンドラセカルは任務を開始します。みなさんには一年、もしくはそれ以上、ほぼ無補給で、この船の中で過ごしていただきます。みんなで協力して、頑張りましょう」
いよいよ小学校じみてきたな、とインストンは思いつつ、聞いていた。
「索敵管理官から艦長へ」ヘンリエッタ軍曹が報告。「マルケス、リョーサ、共に準光速航行の準備が整ったということです」
この艦では通信担当管理官はいない。索敵管理官のヘンリエッタが通信の責任を受け持ち、彼女の部下に通信を担当する兵士が複数人いる。
「操舵管理官から艦長へ。こちらも準備は終わっていますよ。いつでもどうぞ」
オーハイネ曹長の言葉に、わかりました、とヨシノ艦長が頷く。
「では、行きましょう。マルケス、リョーサには了解を伝えて、計画された地点で次の時間に準光速航行を実行。その後は所定のスケジュール通りです」
ヨシノ艦長が口にした時刻は、ほんの十分後だ。
その十分の間も、発令所では報告が行き交い、 各管理官たちはピリピリと自分の管轄の領域で、想定外がないか、重大な問題がないか、注意を向け続けていた。
定められた時刻で、チャンドラセカルは所定の座標に到着した。
「艦長、準光速航行システム、スタンバイしています」
艦運用管理官のその言葉の調子に、少し緊張しているな、オットー軍曹も、とインストンは少し口元を緩めた。堅物でも緊張するのだ。
ヨシノ艦長はいつも通りに応じる。この人は緊張と無縁だろうか。
「行きましょう。準光速航行、起動」
「了解、起動します」
オーハイネ曹長が端末にある赤いボタンを押し込む。
かすかに艦が震えるが、一度だけだ。
シンとしてから、オーハイネ曹長が報告。
「準光速航行、問題なく機能しています。離脱地点まで、二時間です」
わかりました、とどこかホッとした様子が滲む声で、ヨシノ艦長が言う。それは少しインストンには意外だが、彼も人間だしな、と片付けようとした。
それを察したわけでもないだろうが、軽い調子の言葉が続く。
「準光速航行を抜けた先は、独立分子の領域です。気を抜くのなら、この二時間が最後ですよ」
艦長のジョークに、発令所にいるものは誰一人、笑わなかった。ちょっとしょげた様子で、ヨシノ艦長が視線を斜め下に向けるのを、ちらっと確認するインストンである。
二時間後、チャンドラセカルは準光速航行を離脱。付近に艦はない。
いよいよ始まったな、と火器管制管理官の権限で周囲を索敵しながら、ゆっくりとインストンは唇を舐めた。
再確認。周囲に艦影、なし。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます