2-2 仕組まれた誤射

     ◆


 目の前で火が膨れ上がり、瞬く間にすぐ消えた。

(ホプキンス、通信途絶!)

(援護する! インストン伍長、エネルギービーム充填、照射三秒、照準を合わせろ)

 チャールズ・インストン伍長は命令を受けて、目の前の端末から引っ張りだした拳銃のグリップそのものを強く握りしめる。

 生体認証、ロックが解除されることを示す青い表示。

 端末のモニターに今、まさに乗っている艦である駆逐艦ヘップバーンのエネルギービーム照射装置の状態が映される。

 艦はダメージを負っている。同時に敵性艦からの攻撃を回避するために、高速で機動していた。コンピュータの補正では間に合わない。

 艦長からの命令までの短い、しかし長く感じる時間で、インストンは完璧な照準を確信した。

 繰り返し訓練を積んできた。実戦もだ。

 この程度の砲撃は、もうウンザリするほどやってきた。

 目の前で敵性艦、一世代前の駆逐艦と、友軍の駆逐艦が至近距離でやりあっている。

 しかし敵艦だけを狙うのは困難ではない。

 端末には友軍の駆逐艦フィッツジェラルドの操艦に関するデータがリアルタイムで送られてくる。

 問題ない。

(エネルギービーム、撃て!)

 艦長の声と同時に、インストンは引き金を引きしぼった。

 目の前のモニター、敵艦へとビームの真っ白い線が飛んだ。

 一瞬だ。

 一瞬で、駆逐艦フィッツジェラルドの艦首部分を貫通した。

 誤射だ。

 ハッとした。

 インストンが目を見開くと、見慣れない天井があり、そうか、ここはヘップバーンではない、チャンドラセカルだ、とやっと理解した。

 嫌な夢を見た、と思いながら、無意識に額を手の甲で拭った。べっとりを汗がつく。

 時計を確認すると、予定時刻より一時間ほど早い。まあ、いいだろう。起き上がって服を着替える。シャワールームもあるが、交代で使うことになっていた。今日はインストンはまだ使えない。

 食堂と呼ばれている大部屋へ行くと、勤務明けらしい乗員で比較的、混雑している。

 保存食を確保してぐるりと見回すと、手を振っている二人組がいる。ヘンリエッタ・マリオン軍曹と、オルド・オーハイネ曹長。

 彼らの横の空いている席に腰を下ろし、「何かあったか?」とインストンは他に話題もなく、訊ねていた。

 オーハイネ曹長が肩をすくめる。

「何もないな。航海は順調、敵に出会うこともない」

「すでにシーカーブイを三つほど、所定の位置に置いたけど、ほとんどゴミになりそう」

 こちらはヘンリエッタ軍曹だ。

 チャンドラセカルは準光速航行と通常航行の繰り返しで、独立勢力の支配宙域にすでに深く侵入している。

「例の装甲を試す機会は?」

 保存食をフォークでつつきつつ、インストンが問いかけると、二人ともが、まだ、と答えた。

 チャンドラセカル、というか、ミリオン級潜航艦の特殊性を語る上で外せないものが二つある。

 一つは循環器システムと呼ばれる、機関部。

 もう一つが、装甲だった。

「あのさぁ、インストン、気を悪くしないで欲しいんだけど」

 オーハイネ曹長が話題を急に変えた。

「君が例のリチャード・インストン?」

 例の、か。

「おそらくね」

 夢のことを思いつつ、インストンはそっけなく答えた。

 友軍艦を誤射したことにより、インストンは軍法会議にかけられた。

 しかしインストンはほとんど罪に問われなかった。理由は単純で、あの砲撃の瞬間、まさに発令所にいた艦運用管理官が、インストンに事実と異なる情報を意図的に流したと、判明したからだ。

 インストンが使用したビーム砲は、戦闘の中での実体弾の被弾により、わずかに台座が歪んでいた。それを艦運用管理官は、インストンに伝えなかった。

 外したのはインストンの技量の問題ではなかった。

 結局、その艦運用管理官は軍法会議を経て、刑務所へ送られた。

 インストンは罪に問われなかったものの、軍を辞めた。

 それまでのリチャード・インストンは、こう呼ばれていた。

 祝福されたもの。神の雷。

 絶対に外さない、艦砲射撃の申し子。

 そんな名声も、仲間を撃ったことで、消えて無くなった。どこへ行っても、誰もがインストンを白い目で見ている気がした。

 軍を抜けて、地球のど田舎で、集合住宅に部屋を借り、ひたすら自堕落に生きた。

 家族との連絡も絶ったし、近隣住民とのつながりもない。

 だからこのまま自分は孤独に死ぬだろうと、常に酔っている頭で、インストンは考えたものだ。

 だがそうはならなかった。

 突然に、連邦宇宙軍のスカウトマンがやってきた。どうやってインストンの居場所を知ったかは、未だにインストン自身にも想像がつかない。

 もしかしたら、地球連邦中の情報を漁ったのかもしれない。

 何はともあれ、インストンはスカウトマンを放り出せず、話を聞いて、決断した。

 友軍がいなければ、誤射の心配もないだろう。

 そんな言い訳にもならない言い訳を頭の中で繰り返し、インストンは軍に戻った。

 どこの誰かもわからない軍人たちに混ざって、短い期間の、それに反比例する激しい、激し過ぎる訓練を切り抜けた。

 そうして今、チャンドラセカルに乗っているのだった。

「訓練でふるい落とされないってことは、腕が錆ついちゃいないと、証明したわけだ」

 オーハイネ曹長が穏やかに笑みを浮かべて言う。反射的にインストンが睨みつけると、慌てた様子でオーハイネ曹長が手を振る。

「君の実力を褒めているんだよ。腕前に期待している」

 当たり前だ、という言葉を飲み込んで、何も言わずにインストンは保存食に強くフォークを突き刺した。



(続く)

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