第3話

感染症と判明した俺は、ここ数週間の行動を細かく聴取された。いつどこで、誰と会っていたか。思い出せる範囲で思い出すようにキツく言われた。国民の命と健康を守る義務を負っているから多少の厳しさは仕方ないよなぁと思いつつ、警察での取り調べもきっとこんな感じなんだろうななんて事も思う余裕はあった。しかし、先週の金曜日の話になった時、急に俺は戸惑ってしまった。なぜなら、その日、俺は滅多にしない風俗遊びを後輩としていたからだ。この情報が漏洩するかは分からないが、もしも漏洩してしまったとしたら。結婚を考えている彼女はどう思うだろうか。会社では清廉潔白なイメージで通っている俺が風俗遊びをしている男だと思ったら、職場の女性陣は、どう思うだろうか。そんなネガティブなイメージが次から次へと頭の中を駆け巡っていき、俺はつい自分の保身のために小さな嘘をついた。

「金曜の夜は、先輩や後輩と一緒に飲みに行っていました。」

「飲みに行っただけ?それ以外には?」

「いえ、数軒の飲み屋をはしごしただけです。」

「分かりました。ご協力ありがとうございました。」

そういうと厚労省の職員は帰っていき、俺は病院で治療を受けた。


14日後、すっかりと快復した俺は無事に退院した。帰宅すると、彼女が笑顔で出迎えてくれた。

「退院おめでとう。大変だったね。」

「あー、本当だよ。まさか自分が掛かるとは思わなかった。」

「だよね。私もダイキくんが感染症にかかったことで、厚労省の人から色々と確認受けたよ。検査もしたしね。」

「迷惑かけてごめんな。移ってなかった?」

「うん、私は大丈夫だったみたいだよ。」

「それは良かった。確認受けたって、どんなこと聞かれたの?」

「ダイキくんと濃厚接触があったかどうかとか?そんな感じのことかな。」

「そっか。最近、お互い忙しくしてたのが、今回は幸いした形だったね。」

「ね、本当だったら寂しいカップルなんだろうけど、今回は良かったね。」

俺は、彼女に移っていないことと俺の金曜の夜の行動が彼女にはバレていないようだった事に安堵していた。


翌日、出社した俺は後輩をランチに誘って、厚労省の人から聞かれた事を確認した。

「お前、厚労省の人から色々聞かれなかった?」

「先輩のせいで、めちゃめちゃ色々と聞かれましたよ。この前の金曜の事も聞かれました。」

「やっぱり。で、お前なんか言った?」

「なんかって、風俗行ったって話ですか?言うわけじゃないですか、恥ずかしい。でも、先輩は正直に言ったんですよね?」

「いや、まぁ、なんだその。」

「まさか、正直に言ってないんですか?」

「いやだってさ、お前も言ってたけど風俗行ってたなんて知られたくなかったし。」

「いやいや、俺は感染してないから隠しても最悪、問題ないですけど先輩は実際に感染してて更に発症までしちゃってるんだから、言わなきゃダメでしょ。先輩が指名した女性のことをあの後、調べたら人気嬢でしたよ。きっと、出勤したら多くの男性を癒してるんでしょうから、めちゃめちゃ感染リスクが高いわけですよ。」

「それは、分かっているけど。頼む、この事は俺とお前だけの秘密にしてくれ!このランチ奢るから。」

「いや、無理っすね。このランチと風俗1回分で手を打ちましょう!」

「分かった。じゃあ、決まりな。」



この数日後、一気に100人単位での集団感染が確認された。そして、更に数日後には、1000人単位での感染へと広がっていき、1週間後には、世界中での感染が確認される事になった。ネットや週刊誌は、この原因をとある街にいる人気風俗嬢のせいだとして連日のようにバッシングを始めた。

もしも、ダイキが厚労省からの聞き取り調査時に素直に風俗に行っていた事を告白していたら、もしかしたら、ここまでのアウトブレイクを起こすまでにはならなかったかもしれない。もしも、ダイキがインフルエンザの検査時に、風俗に行っていた事を打ち明けていたら、これほどまで感染が広がらなかったかもしれない。自分の保身や恥ずかしさを隠すための『小さな嘘』のせいで、世界中が感染症のリスクを恐れ、経済は混乱し、世界的なスポーツイベント中止や世界同時不況などには繋がらなかったかもしれない。


自分のためについた『小さな嘘』で世界が壊れる可能性があることをお忘れなきように。

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小さな嘘をついたせいで 乃木希生 @munetsu

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